7 正義感の強い先輩
自宅に帰ると、ほっとした様子の義母が迎えてくれた。
佐々木は信頼できそうな相手だと伝えてはいたが、やはり心配が勝っていたらしい。
「おかえりー!早くごはんにしようよー。」
呑気に妻がいう。
俺の帰りを待ってくれていたようだ。
「すぐに温めるわ。話は食事のときに、ゆっくり聞かせて頂戴。」
食卓に並んだ食事を口にしながら、俺は今日の会合での話を伝えた。
義母は興味深そうに耳を傾けていたが、妻は食事を堪能していて聞こえていないようだ。
「……まさかそんなに被害者がいるなんて。」
すべてが異世界転移によるものではないかもしれないが、今日聞いた話はどれも真実味があった。
また佐々木の弟の話や今回の件を踏まえ、一つの可能性が思い浮かぶ。
「転移先の世界は、それぞれ違うのかもしれないわね。」
義母もどうやら、同じ仮説に行き着いたようだ。
異世界が存在するとすれば、それはもちろんひとつとは限らない。
そのうち複数の世界に「異世界から人を召喚する魔法」が存在するのであれば、その魔法のあり方もそれぞれ異なるだろう。
神が介入するパターンもあれば、魔法使いが魔法陣を用いて実践するパターンもあるはずだ。
数多く描かれている、異世界ものの小説や漫画のように。
「それで、次は異世界から還ってきたっていう人と会うのね?」
「はい。事実ではない可能性が高いとは思いますが。」
義母はもう、とめなかった。
ただ一言、「あなたを信じるわ。」と真っ直ぐな目をして呟いた。
※
火曜日は、あいにくの雨だった。
佐々木と舞との待ち合わせ場所に到着すると、小柄な少女がすでに立っていた。
その傍らには、すらりと背の高い女が佇んでいる。
「こんにちは。」
声を掛けると、舞のポニーテールが揺れる。
瀬野さん、と舞が口にすると、彼女の隣の女がこちらをキッと睨みつけてくる。
「あんたが舞を誑かしてんの?!異世界だの何だのって、いい年したおっさんがなんの冗談?」
「先輩!やめてください!」
どうやら彼女が、帰還者を紹介してくれた先輩らしい。
ずいぶんな言い草だが、舞を心配してついてきたのだろう。
どう宥めればいいか悩んでいると、背後から「誑かしたのは、俺じゃないかな。」と声がした。
振り返ると、佐々木が微笑んで立っていた。
しかしその瞳の奥には、怒りの色が見える。
突然現れた佐々木の迫力に女は一瞬怯んだが、ギュッと拳を握りしめて佐々木を睨み返した。
「舞に変なちょっかいかけるのはやめて!下心があるから、異世界転移だなんてバカみたいな話に付き合ってるんでしょ?!」
「……異世界なんて言われても、信じられない気持ちはわかる。でも、俺たちは本当に異世界転移を目の当たりにした。証拠がないから信用してもらおうとは思わないけど、舞の話をただの妄想扱いするのは、彼女にとっても失礼だろ。」
きっぱりと言い切る佐々木は、男の俺から見てもかっこいい。
しかし、彼にばかり頼っていては情けない。
「心配してついてきてくれるなんて、いい先輩だね。」
俺は舞に話しかけた。
「俺の妻の母も心配性でね。ほら、防犯ブザーまで持たされてる。……少し面倒ではあるけど、大切にしてもらえてるっていうは嬉しいものだよね。」
テントウムシの形をしたかわいい防犯ブザーをちらつかせ、ニッと笑ってみせる。
舞はしばらくあっけにとられた顔をして、プッと吹き出した。
「あははっ!おじさんにてんとう虫の防犯ブザーって!」
「もともと娘が小学生のときに使っていたものなんだよ。GPSまでついてる。…あと、ライトもつく。」
ピカッと光らせてみせると、舞はまた声を上げて笑った。
彼女の様子にほだされたのか、防犯ブザーの効果か、先輩と佐々木の表情も幾分和らいだようだ。
ひとしきり笑い終えた舞は、ふっと短く息を吐き、先輩をまっすぐ見つめて言った。
「先輩、私を心配してついてきてくれてありがとう。……でも、佐々木さんも瀬野さんも、先輩が思っているような下心は持っていないと思う。だから、失礼なことを言わないで。」
舞のまっすぐな瞳に、先輩はバツの悪そうな顔をして「ごめん。」と返した。
その後、背筋を伸ばし、俺と佐々木に向き直る。
「舞が心配だからといって、失礼なことをいってすみませんでした。私は大野沙知絵といいます。今日は私も同行しますので、よろしくお願いします。」
「先輩は今は大学生ですけど、去年まで同じ高校だったんです。正義感が強くて、頼りになる先輩なんですけど……あまり人の話を聞かないのがたまにキズで。」
「ちょっ!やめてよ、舞!」
二人の様子に、思わず笑みがこぼれる。
娘も学校で、こんな風に友だちとじゃれ合っていたのだろう。
「それじゃ、行こうか。」
佐々木が促し、「こっちです。私についてきてください。」と沙知絵が歩き始める。
まだ厳しい目をしていた佐々木は、俺が様子をうかがっていることに気づくと、少しだけ表情を緩ませた。
それでも怒りの色が残っている点をみると、先程のような問答は、幾度となく彼を傷つけてきたことがわかる。
それでも腐らず、懸命に活動を続けている彼を、素直にすごいと思った。