66 課せられた使命
「お前たち……!」
怒りの形相で俺たちを睨みつける王子に、由佳里がビクッと肩を揺らす。
そんな彼女の視界を遮るよう、俺とノア、ネルが王子の前に出た。
「こんなことをして、許されるとでも思っているのか?聖女は国の宝だ。それを……」
「で、殿下……」
「儀式もやり直しだ!準備にどれだけ時間がかかったと思っている!お前たちのちっぽけな命じゃ贖い切れないぞ」
勝手な言い分を喚き散らす王子に、ノアが盛大なため息をついて見せる。
とことん相手の神経を逆なでするつもりらしい。
「別にね、僕たちは罪を犯していないし、償う必要もないから」
「なんだと……?」
「それに僕、言ったよね?彼女は聖女じゃなくなったって。彼女が今までこなしていた聖女としての役割は、君たち王族に引き継がれるって」
「そんなの、納得できるわけがないだろう!今まで通り、聖女がやるべき使命だ!」
「違うよ。……それに、彼女は今まで一人で聖女の使命を全うしてきた。対する君たち王族は、何人もいるでしょ?みんなで役割分担できるんだから、別にいいじゃない」
「尊き王族に民の犠牲になれというのか?」
「王族は民を守るために存在するものだよ。当然の義務も果たさず威張り倒すだけの王族に、何の価値があるの?」
王子の反論をことごとく打ち砕いていくノアには、妙な迫力があった。
上に立つものとしてのゆるぎない覚悟があるかどうか、それが王子とノアの決定的な違いなのかもしれない。
……いや、人間かそうじゃないかの方が大きいか……。
王子は剣を抜いて振り回しているが、その刃は俺たちには一切当たらない。
それでも王子は退くつもりはないようだった。
醜く喚き散らしながら、意味のない攻撃を繰り返す姿に、高貴さはまったく感じられない。
なんだか可哀そうだな。
そんな同情をしてしまうほどに。
「由佳里!さっさとこちらへこい!お前は愚か者どもに騙されているだけだ!苦しむ民衆を守るため、何をするべきか考えろ!!」
俺たちに何を言っても響かないことを察したのか、矛先を変えて王子が叫ぶ。
由佳里は怯えた顔をしていたが、意を決したように立ち上がり、王子に向かって歩き始める。
「由佳里ちゃん、危ないよ……!」
妻が制止したが、由佳里は小さく微笑んで「大丈夫」と返した。
そして俺たちの横に立ち、王子をまっすぐ見据える。
「……あなたの本性を知ってから、私はずっとあなたに復讐してやろうと思っていたわ。私の苦しみを、わからせてやろうって」
「は?!」
「でも、ネルはそんな私を労ってくれた。それで私の心は救われた。……もう、憎しみにとらわれていたくない。あなたのことは大嫌いだけど、あなたを貶めて自分も不幸になるつもりはない」
「……何を言っている?」
「私は私の家族のもとへ帰ります。この世界を愛していたけれど、この世界を救うのは私の役割ではないし、私にその義務はないわ」
悲しげに由佳里が微笑んだそのとき、王子の身体がぽうっと光を発した。
王子は苦しそうに胸を抑え、その場に倒れ込む。
戸惑う由佳里が手を差し出そうとしたのを制止して、ノアが静かに「早かったね」と言った。
その言葉に、神々によって王族である彼に使命が課せられたのだと察する。
彼らは、これから長い長い苦しみの人生を送ることになるだろう。
そう考えると、酷いやつだとわかっていても、同情せずにはいられなかった。