62 瘴気の行方
「それで、君たちはこれからどうするつもり?」
ノアが神々に問いかける。
「彼女はもう聖女ではなくなった。君たちの世界にはびこる瘴気はどうするの?」
『どうしましょうかねぇ?』
「まさか……またよそから引っ張ってくるつもりじゃないよね?」
『ふふふ、まさか』
確かに由佳里はこれで解放されるが、代わりの誰かが犠牲になっては意味がない。
『まあ、この世界で何とかするしかないでしょうな』
海神が言う。
太陽神と女神もそれに頷いた。
「具体的には?今きちんと決めておいて」
『おやおや』
『厳しいのね』
どうやら、まだ何の案もなかったらしい。
神同士であれやこれやと話し合っている姿に、どこか人間味を感じる。
由佳里はようやく落ち着いたようで、妻の腕の中でじっと神々を睨みつけていた。
『瘴気のもとを持ち主に返すことにするか?』
太陽神が提案した。
『瘴気はすなわち、悪意。悪意を抱いた人間の幸運と瘴気を相殺すればいい』
『多少手間はかかるが、それが一番無難かもしれんな』
『そうねぇ。一度システムを作ってしまえば、あとは自動化できそうですわね』
つまり、悪意を抱いた人間が不幸になる代わりに、瘴気も消え去るということか?
だが、それではただの一時しのぎではないだろうか?
いや、むしろ……。
「伊月くん、何か気になることがあるなら、言ってごらん」
ノアに声をかけられて、ハッとする。
神々の視線が一斉に俺に向けられて、本能的な恐怖を感じた。
そんな俺に、海神が微笑みかける。
『危害を加えたりはしない。思うところがあれば、話してみるがよい』
『そうねぇ、この方が意見を問うということは、それなりに実のある内容かもしれないもの』
女神が賛同し、太陽神も頷いた。
俺は意を決して口を開く。
「……それでは、悪循環だ」
『悪循環?』
「人の悪意は、不幸によって増大する。人の不幸と引き換えに瘴気をなくしても、不幸な境遇の人間は新たにより大きな悪意を生み出しかねない。そうなると、結果的により瘴気は増え、世界の滅亡へ繋がることになるんじゃないか?」
不幸に打ちのめされず、悪意に溺れない人などほんの一握りだ。
俺だって娘がさらわれてから、何度見知らぬ誘拐犯を恨んだかわからない。
俺の言葉に、神々はクスクス笑い出した。
そして『大丈夫よ』と女神が言う。
『だって、強い瘴気と相殺できる不幸なんて、死しかありえないもの。どんな悪人でも、死んだあとで悪意を抱くことはできないわ』
平然と言い放たれた言葉に、背筋が凍った。
『それに、この世には人間以外の生物もたくさんいるからな』
『世界がすっきりして、却ってよいかもしれんな』
自分の悪意によって身を滅ぼすのは、ある意味では自業自得といえるかもしれない。
しかし、それは命を奪われてもいいほどのことなのか……。
「……すでに亡くなっている人の悪意もあるはずだ。それはどうする?」
『それは、共同責任ということでよかろう。残った者で平等に背負えばいい』
「悪意に負けず、清く生きている人もか?」
『仕方あるまい』
「あんたら神様なんだろ!?少しくらい慈悲をかけてやることはないのか?」
『慈悲?どうして私たちがそんな苦労をしなくてはならないの?大体、システムを書き換えるのだって大変なのに、どうしてそれ以上施しを与えなくてはならないの?』
なんとなくわかった。
神々にとっての世界は、俺たちの世界でいうゲームのようなものなのだろう。
自分とは関係のない世界だから、どんな悲劇が起こっても困らない。
世界が壊れると、もう遊べなくなってしまうから、壊れないようにするだけなのだ。