60 空気清浄機
『でも彼女死んでしまったのでしょう?それなら、返してもらうことはできませんわね』
にっこりと女神が笑う。
『あちらが返せないのだもの。こちらも返す義理はありませんわ』
うんうん、と太陽神と海神が頷く。
これで筋を通したつもりとは、ずいぶんなことだ。
「彼女の魂は、あちらの世界の輪廻転生の輪には入れず、今もさまよい続けている。見知らぬ世界で未来永劫さまよい続ける彼女が、不憫だとは思わない?」
『そう言われれば、かわいそうな気もしますな』
『ええ。でも、それは私たちのあずかり知らぬこと。運が悪かったとしか言いようがありませんわ』
「運、ね。でも彼女たちにとって、加害者は間違いなく君たちだろう?」
ノアははっきりと言ったが、神々は軽く笑って流すだけだった。
怒りでブルブル震えながら、黙って話を聞いていた俺に、女神がふと視線を向ける。
『ねえ、そこのあなた。ずいぶん怖い顔をなさるのね』
突然話を振られたことに驚き、とっさに言葉が出なかった。
俺の反応など気にすることなく、女神が続ける。
『あなたの世界、いいところよね。便利なものがたくさんあって、私たちも時々のぞかせてもらっているのよ?そこでちょうど見つけたの。この世界にぴったりのものを』
「この世界にぴったりのもの……?」
『そう。当時この世界は、今よりももっと瘴気にあふれていて、多くの者が命を落としていったわ。世界の衰退を、私たち神は憂いていた。そんなとき、あなたたちの世界で空気をきれいにする機械の存在を知ったの』
「それって……」
『空気清浄機っていうんでしょ?あなたの家にもあるかしら?』
……話の意図が見えない。
空気清浄機と聖女召喚に、一体何の関連性があるというのか。
女神はクスクス笑って続ける。
『私たちはひらめいたわ!瘴気も同じ原理で浄化できるんじゃないかって』
「……もしかして、聖女って……」
『そう、この世界の空気清浄機よ。この世界へ転移させるときにね、フィルターをセットするの。瘴気を取り除き、清浄な空気を生み出せるように。取り除いた瘴気は、聖女の魂に蓄積され、聖地にて浄化される』
「だから、聖女に聖地巡礼を……?」
『そう!まあ、いくら浄化しても魂の劣化は避けられないから、数十年しか持たないけれどね』
女神の言葉に、由佳里ががくりとその場に崩れ落ちる。
声もなく、ただ涙だけをぽろぽろ流している。
そんな由佳里に妻が駆け寄り、その背中を優しくさすった。
ノアも妻に続き、由佳里の膝にのって心配そうにその顔をのぞき込んでいる。
「この世界で、瘴気を減らすことはできなかったのか……?」
ふり絞って問いかけると、女神はあっけらかんと『無理よぉ』と返した。
『だって、瘴気のもとは世界にあふれている悪意だもの。人間たちは憎み、羨み、蔑む。そうして相乗効果で膨らんでいく悪意は、瘴気を生み出す。だから瘴気をなくそうと思ったら、この世界の人間を滅ぼさなくてはならない。でもそんなことはできなかった。愚かで醜くても、私たちはこの世界の民を愛しているもの』
「……愛しているのに、聖女召喚の犠牲にしたと?」
『世界を救うために、小さな犠牲は避けられないわ。それに、私たちの役に立って死ねるなんて、これ以上ない誉れでしょう?きっと彼女も、遠い異世界で尊い使命を与えた私たちに感謝しているはずよ』
「ふざけるな!」
思わず怒鳴りつけていた。
勝手な都合で人を犠牲にして、挙句の果てに誉れだと?
異世界に置き去りにされ、訳も分からないまま命を落として、神に感謝などできるわけがないだろう。
身体中の魔力を指先に集め、指で銃の形を作る。
そして指先から、渾身のレーザー魔法を女神に向かって打ち込んだ。