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53 男の子と差別とご褒美

 ノアに連れられた先は、昨日も散策した大通りだった。

 先程までいたスラム街とは違う、華やかで清潔な雰囲気。

 昨日は目を奪われたが、今日は物悲しい気分にしかならなかった。


 ここで祭りを楽しむ人々は、知らないのだろうか?

 路地裏の片隅で空腹にあえぐ人を、命を落とし野ざらしのまま放置される人を。



「見てごらん、あそこに男の子がいるね。」



 ノアの指さす方を見てみると、ボロボロの服を着た男の子が所在なさげに立っていた。

 男の子は不安そうな表情をしていたが、やがて意を決したように、ひとつの屋台へ向かっていく。

 店主といくつか言葉を交わした男の子は、やがて悲しそうにうなだれた。

 店主はそんな男の子を煩わしそうににらみつけ、片手でしっしっと追い払った。


 とぼとぼと歩く男の子が屋台から離れたところで、ノアが「どうしたの?」と声をかける。

 急に声をかけられたことに驚いたのか、男の子はぱっとこちらを振り向いた。

 しかしすぐにうつむき「なんでもない。」と言って歩き始めてしまう。


 そんな男の子のあとをノアが追いかけるので、俺たちもそれに続いた。



「なんでもないって顔には見えないよ。」


「あんたには関係ないだろ。どっか行けよ。」


「話してくれたら、何か力になってあげられるかもよ?」



 呑気にしゃべるノアに腹が立ったのだろう。

 男の子は目を見開き、ノアに怒鳴りつけた。



「うるさいな!そんなに言うなら金をくれよ!」


「お金?何に使うの?」


「妹と弟に菓子を買ってやるんだよ!あいつら、一度も食べたことないから…。そのために俺、頑張って働いて金を貯めたのに、全然足りないって……。」



 男の子はとうとう泣き始めてしまった。

 慌てた妻が、男の子の肩を抱いて慰める。

 怒る気力ももうなくなってしまったのか、男の子は拒否することなく、しばらく泣き続けた。


 ノアはじっと、男の子が泣き止むのを待っていた。

 優しく、慈しむような眼差しで。







「ごめん……。」



 しばらく泣いて落ち着いたのか、男の子が言う。



「心配して声をかけてくれたのに、八つ当たりしちまった。」


「大丈夫。それより、いくら持ってるの?見せてごらん。」



 ノアに促され、男の子は握りしめていた拳を開き、いくつかの硬貨を見せる。



「……あれ?」



 確かに多いとは言えないが、お菓子のひとつも変えないほどだろうか?


 男の子の手にしているのは、この国の通貨で1024ラリラ。

 日本円にして、およそ500円ちょっとといったところだろうか。

 昨日俺たちが孤児院に買っていった串焼きが一つ600ラリラ、クッキーの瓶が1400ラリラだったことを考えると疑問に感じる。


 まして、さっき男の子が向かったのは飴細工の店だ。

 小さな飴のひとつくらい、手に入りそうなものだが…。



「伊月くん、さっきのお店に戻って、聞いてきてくれる?」



 ノアが言い、俺は頷いてすぐに先程の店に向かった。

 暇そうに頬杖をついている店主に声をかける。



「こんにちは。」


「お、らっしゃい!」



 気のいい笑顔を向ける店主は、まるで先程とは別人のようだ。



「ひとつおいくらですか?」


「小さいのが500ラリラ、中くらいのが700ラリラ、大きいのが1000ラリラだよ。」


「あ、意外とお安いんですね……。」


「そうか?飴細工なんてこんなもんだろ。」


「いや、さっき男の子がお金が足りないと諦めたところを見たので…、そんなに高価なのかと、気になったんです。」



「なんだ、見られてたのか。」



 店主は苦笑いして言う。



「金は持ってたんだけど、スラムのガキ相手に商売しちまうと、うちの格が下がっちまう。ほんっと、大人しく路地裏にいてくれればいいものを。」



 大げさに大きくため息をつく店主に、呆れてものを言えなかった。

 貧しい家庭の子どもというだけで差別をするのが、この国では常識なのだろうか。


 正直はらわたが煮えくり返りそうだったが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。

 店主には、連れにどのサイズがいいか訊ねてくると言って、その場をあとにした。

 店主は「待ってるぞ!」と明るく声をかけてくれたが、もう戻ることはないだろう。



 戻ってみんなに事の顛末を説明すると、ノアは「やっぱりね。」と眉をひそめた。

 妻もむっと怒った顔をしている。

 ただ男の子はそうした差別になれているのか、ただ「そっか。」と吐き捨てただけだった。



「どうしても飴がほしかったの?」



 俺が訊ねると、男の子は首を横に振った。

 どうやら、サイズも小さく安価で買えそうだと思ったらしい。



「じゃあ、これなんてどうかな?」



 鈴カステラのような小さくて丸いお菓子がたっぷり入った袋を男の子に見せ、俺は言った。



「戻ってくる途中の店で売っててさ、おいしそうだから買ってきたんだ。よかったら、君と弟くんと妹さんに食べてもらいたいなって。」


「え……なんで…。」



 男の子はお菓子の袋と俺を見比べて、戸惑った顔をしている。



「俺は異国の出身なんだけどさ、子どもには優しくするものだって教えられて育ったんだ。それに君は、勇気を出して弟と妹のために行動した。そんないい子には、ご褒美があって然るべきだろ?」


「ご褒美って……。」


「あ、それともほかのお菓子がよかったかな?一緒に選びに行く?」


「……いや…。」



 なおも困惑している男の子に、妻が言った。



「弟くんと妹ちゃん、喜んでくれるといいね!」



 男の子はその言葉にはっとして、小さく頷いた。

 震える声で「ありがとう。」と呟く男の子の頭をそっと撫でる。

 ふと、ノアがその様子を満足げに眺めていることに気づいた。


 思わず「なんだよ。」と返すと「君たちも立派ないい子だよ。」と笑った。

 照れ臭くなってそっぽを向いた俺には「ご褒美は、また今度、必ずね。」という小さなノアの声は聞こえなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この国は守るべき国ではないしこの世界に守るべき価値がないし民衆も価値がないですな。 これは滅びなきゃいけない世界を糞クズ女神が自分のために無理矢理連れてきたようなものだから滅ぼすべきでしょう…
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