50 聖女来訪
休み休み、小一時間ほど草むしりを続けただろうか。
雑草が生い茂っていた裏庭は、だいぶすっきりときれいになった。
「達成感あるね!」
少女がにっこりと笑う。
俺も笑い返し「おかげではかどったよ。」と返した。
「ところで、あなたはこの孤児院の職員か何か?」
「いや、違うよ。たまたまこの街に立ち寄ったんだけど、収穫祭が行われていることを知らなくて…。宿がとれず困っていたところを、教会の方が助けてくださったんだ。そして、泊めていただくお礼に、いろいろ手伝っているだけだよ。」
「そうなんだ。……この国の人って、孤児を忌避することが多いって聞いたけど、あなたは違うのね。」
「そうなのか?知らなかった。俺は遠方の出身だから。」
「私もよ。なんだか私たち、似ているかもね。」
少女は笑顔だったが、彼女のうしろにいる青年は、明らかに敵意むき出しで俺を睨みつけていた。
ふたりは恋人同士なのだろうか。
一方で大男の方は、何を考えているかまったく読めない無表情のままだ。
教会の方から、妻とノアが神官とともに歩いてくるのが見えた。
妻は俺を目に留め、笑顔で駆け寄ってくる。
そんな妻に、一瞬青年が警戒するようなそぶりを見せた。
自分に駆け寄ってきたとでも思ったのだろうか、俺の前に妻が止まったのを見て、あからさまに気が抜けたような顔をする。
「伊月くん、草むしり終わったの?詩織も、礼拝堂のお掃除手伝ってきたよ。」
「礼拝堂の掃除をしていたのか。いつの間にかいなくなってて、ちょっと驚いたよ。」
「ごめんね。でもノアくんが、こっちにおいでっていうから。」
俺はよしよしと妻の頭を撫でた。
妻は満面の笑みで喜びを表現する。
「かわいい妹さんだね。」
少女が言うと、妻がぷうっと頬を膨らませて抗議する。
「詩織は妹じゃないよ!奥さんだよ!」
「えっ!そうなんだ、ごめんね。あんまりかわいかったから、勘違いしちゃった。」
「……そうなの?ならいいよ!」
切り替えが早い妻は、あっという間にまた笑顔になった。
少女がほっとしたような顔をして、俺はなんだか申し訳ないような気持ちになる。
確かにこの態度なら、少女が勘違いするのも致し方ないだろう。
ノアの方に目を向けると、いつものように涼し気な笑みを浮かべ、手を振ってくる。
その後ろで、何やら神官が慌てふためいていた。
……何があったのだろう?
訝しげに見ていると、神官が恐る恐るといった調子でこちらへ歩み寄ってきた。
そして少女の前に跪き、訊ねた。
「あなた様は、聖女様ではございませんか?」
神官の言葉に、驚いて少女を見る。
少女は戸惑う様子もなく、困ったように眉を下げ「ばれちゃったか。」と呟いた。
確かに、日本人らしい顔立ちだとは思ったが……川西夫妻とはだいぶ雰囲気が違う。
いや、よく見れば目鼻立ちに面影があるような気がする。
彼女が聖女だとすると、おそらくこの青年が王子なのだろう。
神官に倣い、俺も聖女と王子に跪く。
気づくと、子どもたちも妻もノアも同様に、礼を尽くしていた。
「みなさん、顔を上げてください。今日は聖女としての正式な訪問ではありません。孤児院の現状を見たくて、お忍びでお邪魔したんです。」
聖女の言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
彼女は聖女らしい慈悲深い笑みを浮かべていた。
先程までの、無邪気な笑顔とはまったく違う。
どこか、寂しさを感じさせる表情だ。
「ここは、とても良い孤児院ですね。子どもたちの表情は明るく、健康状態も良好に見えます。……みんなといっしょに草むしりできて、とっても楽しかったよ。」
少女の言葉に、子どもたちが嬉しそうに笑う。
「また明後日、改めてこちらを訪問します。それまでは街の宿屋に滞在して、この街の様子を見て回りたいと思っていますので、私たちが来訪していることはご内密にお願いします。」
「心得ましてございます。」
神官が深々と礼をする。
少女たちが立ち去るまで、神官は深々と頭を下げたままだった。