49 クッキーの少女と草むしり
孤児院の子どもたちは、俺たちの土産に大喜びしてくれた。
串焼きはほとんど食べる機会がないらしく、どこから食べればいいのか悩む子どももいたほどだ。
妻は戸惑う子どもをさっと見つけ、食べ方をレクチャーしていた。
……さっきまで、口を大いに汚しまくっていたのだが。
俺は苦笑しながら、先ほど妻にしたように、子どもたちの汚れた口元をぬぐってやる。
串焼きを堪能した子どもたちは、恐る恐るといった様子でクッキーの瓶をのぞき込んでいた。
神官たちによると、孤児院の運営は厳しく、お菓子を与えるのは年に数回あるかどうからしい。
俺は瓶のふたを開け、近くにいた男の子に食べさせる。
少し怯えた様子で一口クッキーを食べた男の子は、みるみるうちに目を輝かせた。
「おいしい?」
俺が訊ねると、首がとれないかと心配になる勢いで頷いた。
その様子があまりにかわいくて、俺は思わず笑ってしまった。
「たくさんあるから、喧嘩せず、仲良くわけて食べるんだよ。」
そんな俺の言葉を皮切りに、子どもたちは一斉にクッキーを頬張りだした。
一口でその表情が幸せに染まるのを目の当たりにして「甘いものは正義だな。」と思った。
「悪いわね、こんなにたくさん。でも、お金とか大丈夫なの?」
少し戸惑った様子で、リサが言った。
孤児院の経営が厳しいと俺たちに話したことで、気を使わせてしまったと気に病んでいる様子だった。
「大丈夫だよ。」
あっけらかんと答えたのは、ノアだった。
「この前の魔石、実はまだあるんだ。もっといいやつがね。それを換金したから、お金は割と余裕があるんだ。」
「そうなんだ。でも、ここに来る前に荷物なくしちゃったんでしょ?これから物入りでしょうに…。」
「僕たちは、一宿一飯の恩をしっかり返すタイプだからね。遠慮せずに受け取ってくれたら、それが一番うれしいよ。」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう!」
明るく笑うリサに、うんうん、とノアが頷く。
前から思っていたが、ノアは多分、良心的な人間にとことん甘い。
慈悲深い、というのも何か違う。
例えるならそう、おじいちゃんが孫を甘やかすような……。
「伊月くん?」
ノアが俺を笑顔で威圧する。
年寄り扱いは、どうやら不本意らしい。
俺は「ごめんごめん。」と笑ってごまかした。
※
昼からは、昨日と同様に孤児院の手伝いだ。
大きな仕事は昨日あらかた片付いたので、今日は外の草むしりを子どもたちといっしょにすることになっている。
一見きれいに見えていたが、意外と雑草が多く生えている。
無心になって草むしりに励んでいると、誰かが「おーい!」と呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げて辺りを見渡すと、朝のお菓子の屋台にいた少女が、孤児院裏の門の前に立っていた。
少女の隣には、大柄の男と細身の青年もいる。
「どうしたの?」
俺が声をかけると、
「孤児院の話を聞いたら気になっちゃって。私たちも手伝っていい?」
と返ってきた。
部外者を独断で入れることはできないので、少し待ってほしいと伝えて、神殿へ向かう。
神官に事の経緯を伝えると、すんなり了承の返事をもらえた。
人手が増えるのは、純粋にありがたいのだろう。
ただ神官はみな、今は別件で手が離せないらしい。
あとで礼に伺うと伝えてほしいと頼まれ、快諾した。
「おまたせ!ぜひ手伝ってほしいって。」
門開けて、少女たちを招き入れる。
黒髪の小柄な少女に、筋骨隆々のたくましい大男、そして目を引く美形の青年。
まるで漫画や小説のような組み合わせだ。
どういうつながりなのか気になったが、初対面であまり突っ込んだ質問をするのは失礼だから、訊ねることはしなかった。
「みんな、さっきのクッキーを売ってたお姉さんが手伝ってくれるって!」
クッキーというワードに、子どもたちがわっと集まってくる。
口々に「おいしかった!」という子どもたちに、少女は頬を緩めっぱなしだ。
一方、大男の方は仏頂面を崩さず、青年は子どもたちには目もくれず、少女を見つけて満足そうにしている。
なんだかちぐはぐな感じがしたが、あまり気にせず作業を再開する。
少女もいつの間にか草むしりを始めていて、それに続くように大男と青年も手を動かし始めた。
横目で様子を見る限り、少女はせっせと精力的に草むしりに励んでくれている。
大男も慣れているのか、作業スピードが速い。
青年は一応作業をしている体を装っているが、ほとんど身が入っていないようだ。
なんだかな、と苦笑しつつも、あくまでこれはボランティア。
強制するものでもないので、気にする必要はないだろう。
そういえばノアと妻の姿が見えない。
探そうかとも思ったが、ノアといっしょならば心配ないだろうと思い直し、作業を続けることにした。