47 孤児院
無事に教会への滞在許可をもらった俺たちは、孤児院の手伝いをすることになった。
聖女は巡礼にあわせて、その街の孤児院を慰問しているらしい。
もちろんこの街の孤児院にも聖女が来訪する予定なので、それを機に大掃除をすることになったのだそうだ。
リサ曰く、この教会は女性神官がほとんどで、数人いる男性神官も腕っぷしには自信がないという。
そのため「ちょうど男手が欲しかった」のだそうだ。
お世話になるからには、やれることはやるつもりだ。
雨どいと柵の修繕、庭木の手入れなど、次から次へと仕事を言いつけられる。
休む間もなく忙しかったが、懸命に手伝いをする子どもたちの様子が愛らしく、まったく苦ではなかった。
柚乃も小さいころ、こうして俺の周りをうろちょろしていたっけ。
懐かしい日々に思いを巡らせながら、時間は瞬く間に過ぎていった。
「つかれたー!」
椅子にぐったりと座りこんで、妻がうなだれる。
しかしその表情はどこか、すっきりして見える。
妻は人の役に立つことが好きな人だった。
その性分は、子どものころから変わらないのだろう。
よく働いてくれたね、とリサが労うと、妻は誇らしげに胸を張った。
「ささやかだけど、食事を用意しているわ。いっしょに食べましょう。」
リサに案内され、食堂に向かう。
トレイをそれぞれ手に取り、配膳の列に並ぶ。
給食のようで、なんだか懐かしい光景だ。
夕食のメニューは、パンとスープ、そしてオレンジに似た果物。
子どもたちが言うには、今日のスープにはいつもより多く肉が入っているらしい。
嬉しそうにはしゃぐ姿に、頬が緩む。
実は今日のスープに使われている肉は、教会へ向かう途中、街の肉屋でノアが購入したものだ。
お世話になるからには、ちょっとした手土産を持っていこう、などといっていたが、正解だったらしい。
神に祈りを捧げ、食事を始める。
祈りの作法は、前もってノアが教えておいてくれたので戸惑わずに済んだ。
料理は薄味だったが、素材の味が活かされていてなかなかおいしかった。
疲労感が良いスパイスになったのもあるかもしれない。
スープに入っている野菜は、孤児院の敷地内で育てたものだと聞いた。
小さい街では孤児院への寄付金も少ないため、自給自足する必要があるのだそうだ。
この世界では仕方のないことなのかもしれないが、朝から夕方まで年端もいかない子どもたちが働いているという事実は、日本で生きてきた俺にとっては受け入れがたいことだった。
昼食後に休み時間は設けられているが、それでも遊ぶ時間も少なければ、学びの時間もない。
自分の名前の読み書きすらできない子が圧倒的に多く、大人の識字率も低いという。
夕食を終えたら、後片付けをして部屋に戻る。
明日は朝から収穫祭を覗き、昼以降はまた孤児院の手伝いをする予定だ。
聖女の来訪は3日後。
聖女滞在中は孤児院の外で過ごすようにと言われたが、何とか話をする時間を作らなくてはならない。
どうすればいいのかと頭を抱えていると、ノアが「伊月くん、伊月くん。」と俺の肩を叩いた。
どうした、と振り返ると、何やらノアはあくどい顔をしていた。
「ちょっと頑張ってほしいことがあるんだ。」
そう笑うノアに、俺は今日の夜は長くなりそうだと予感した。