44 交渉
中年男性は人の良さそうな笑みを浮かべ、挨拶をする。
「私は商人のタンクと申します。魔石の販売を承って参りました。さっそく拝見してもよろしいですかな?」
「どうぞ。」
ノアが魔石を手渡すと、タンクは虫眼鏡のようなものを使い、魔石の鑑定をはじめる。
しばらく眺め回したのち、タンクは「銀貨10枚といったところですな。」と告げた。
瞬間、ノアはにっこりと微笑む。
その目を見て、背筋が凍る。
表情は穏やかだか、ノアの瞳はずいぶんと冷たい。
「あなたは商人には向いていないようですね。」
ぱっと魔石を取り戻してから、ノアが言った。
その言葉に、タンクが眉をしかめる。
「どういう意味ですかな?」
「そのままの意味ですよ。観察眼がなさすぎる。……そんな魔道具まで持ち出しておいて、子どもだから簡単に騙せるとでも?」
「騙す?……何を勘違いされているのかわかりませんが、査定は真っ当な額をお出ししています。文句があるのであれば、ほかを当たっていただきましょう。ただし、街に入ることができればの話ですが。」
「それで足元を見ているつもり?」
ノアもタンクも一歩も譲らない。
急に殺伐とした雰囲気になり、俺よりも焦ったのが兵士だった。
「おいおい、困るぜ。変ないちゃもんつけず、売っちまいな。このまま野宿ってわけにはいかねえだろ?」
どうやら彼なりに俺たちを心配してくれているようだ。
タンクを連れてきてくれた兵士の顔潰すのは申し訳ない。
ノアは兵士に笑みを返し、自信たっぷりに言った。
「僕は鑑定持ちです。彼の示した金額は、相場の10分の1。さすがに許容できません。」
それが本当だとしたら、確かに買い叩かれすぎだろう。
ノアが怒るのも納得できる。
兵士は驚いた顔をしたのち、険しい顔をしてタンクを睨みつけた。
「今の話は本当か?」
「い、いや……。」
「あんたを信頼して今まで付き合ってきたが、不当な取引をしていたとあっては、今後の付き合いは控えたほうが良さそうだな。商人ギルドにも報告しておく。」
「お待ちください!ちょっと魔道具に誤作動が生じていたようで……。改めてもう一度鑑定させてください!」
往生際の悪い男だ。
しかし真っ当な商売をしていないことが明るみに出ると、恐らくこの街で商売を続けていくのは難しくなるのだろう。
商売は信頼があってこそ成り立つものだいうのは、どの世界でも共通の認識なのかもしれない。
さっきの堂々とした態度から察するに、普段からあくどい商いを行っていることは推測できる。
野放しにするのは頂けないが、彼の生活を奪って逆恨みされると、面倒なことになるのではないだろうか?
ノアはしばらくタンクを冷たく眺めたあと、ふっと表情を和らげた。
「なるほど!魔道具の故障なら仕方ありませんね。それでは、次は正しい鑑定をしてもらえますか?」
「………っはい!もちろんです!」
「それはよかった。ただ神はあなたの行いをすべて見ていると思いますよ。死後の安寧を願うのであれば、魔道具の管理はしっかりすべきでしょう。不当な額での売買は、客の人生を壊しかねない。……どうぞお忘れなきよう。」
「は、はい……っ!」
タンクは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
恐怖で顔が青ざめている。
あんなに幼い顔立ちなのに、その迫力たるや。
むしろ笑顔を浮かべていることが恐怖心を増幅させる。
俺は、ノアにだけは逆らうまいと固く心に誓った。