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特別編(2)忘却

「……あれ?おかしいな…。」



 スマホの画面を眺めながら、舞が言う。

 登録されていたはずの佐々木の連絡先が見つからないのだ。


 異世界での話を聞いた舞は、伊月からの頼みに応えるため、異世界転移被害者の会代表である佐々木に連絡を取ろうとしていた。

 舞の記憶では、3日程前に次の会合についての連絡がきていたにも関わらず、連絡先はおろか、SNSのやりとりも一切残っていない。 



 次の会合は、明後日の土曜日、昼だったはずだ。

 直接そのときに話をすればいいだろう。


 入会してから数ヶ月。

 ほとんど情報を得られることは叶わずにいたが、ようやく明るい情報を提供できる。

 佐々木の喜ぶ顔を想像して、舞は胸が温かくなるのを感じていた。







「それじゃあ、行こっか!」


 舞と絵美、翔の3人で連れ立って家を出た。

 帰還者本人に話をしてもらったほうがいいと判断して、今回の会合には舞だけでなく、弟妹もともに参加することにした。

 異世界転移被害者の会について聞いた2人は、ぜひほかの被害者家族に会ってみたいと申し出てくれたのだ。


 会合が行われるレンタルスペースの最寄り駅に到着すると、改札を抜けたところで見覚えのある派手な後ろ姿が舞の視界に止まった。



「佐々木さん!」



 舞が声を上げると、明るい茶色の髪が風に揺れ、鋭い眼差しが舞を捉えた。

 佐々木の見た目に絵美と翔が戸惑ったのが伝わり、舞は「見た目は派手だけど、いい人だよ。」と語りかける。



「こんにちは!あの、今回は報告があって……!」



 佐々木に駆け寄り、舞が矢継ぎ早に話し始めた。

 佐々木はそんな舞を一瞥する。

 その視線の冷たさに、舞は驚いて目を見開く。



「あの、佐々木さん……?」


「君は……どこかで会ったことがあったかな?悪いけど、今は急いでいてね。」


「え………。あ、あの、私、高梨舞です!なんで急にそんな……こないだも連絡くれたじゃないですか?!」



 舞は必死に語り掛けるが、佐々木は本当に覚えがない様子だった。

 必死な様子を不憫に思ったのか、少し表情を和らげる。



「多分、人違いじゃないかな?俺も佐々木っていうから、紛らわしい反応をしちゃってごめんね。これから大事な会合があって、遅れるわけにはいかないんだ。……君の知り合いの佐々木さんに、改めて連絡してごらん。」



 じゃあね、と佐々木が踵を返す。

 舞は唇をかみしめ、それ以上声をかけることはできなかった。


 離れたところから様子を見ていた絵美と翔が舞に駆け寄り、慰めるように落ち込む肩に手を添える。

 舞は「ありがとう。」と返したが、その瞳は明らかに落胆した様子だった。



「……どういうこと?」



 後ろから、ふいに声をかけられ、驚いた3人が振り返る。

 そこには、眉間にしわを寄せる勇司がいた。


 勇司のことを知らない絵美と翔は、舞を庇うように間に立つ。

 勇司は怪訝そうな顔をしたまま、舞をじっと見ていた。



「……あなたは、私を知っていますか?」



 舞が問いかける。

 先程の佐々木の反応からするに、勇司も舞のことを忘れているかもしれない。

 

 はぁ、とため息をついた勇司に、舞が肩を強張らせる。

 彼との付き合いは短いが、それでも知り合いに忘れられるというのは堪えるものだ。



「すみません、気にしないでください。」



 そう言って足早に立ち去ろうとする舞の腕を「ちょっ!」と慌てた様子で勇司がつかむ。



「知ってるも何も、この前会ったばかりだろ!っていうか、なんであのおっさん、あんたのこと忘れてるわけ?」


「……覚えているんですか?」


「高梨舞、双子との妹と弟を探してんだろ?忘れてねえよ。」



 勇司の言葉に、堪えていたものがあふれ出す。

 ボロボロと涙をこぼす舞に、勇司はさらに慌てた様子だった。


 事情が把握できない双子は顔を見合わせたが、ひとまず勇司は味方だと判断して、安堵のため息をついた。



 しばらくして、ようやく落ち着いた舞が事情を説明すると、勇司はあっけらかんと「よかったな。」と言った。

 そんな勇司の反応に舞はしばし唖然として、それから絵美と翔に視線を向けて頷いた。



「佐々木のおっさんがあんたのことを忘れてるのは、多分異世界転移自体がなかったことになってるからじゃないか?妹も弟も異世界転移していなかった。だから、あんたは異世界転移被害者の会にも入会しなかった。そう現実が書き換えられているんだろ。」


「なるほど…。確かに、そう考えるのが妥当ですね。でも、それならどうして勇司さんは……。」


「確証はないけど、俺も異世界からの帰還者だから、改竄の効果が及ばなかったのかもしれない。」



 状況は違うが、舞の記憶が書き換えられなかったのも、同様の理由なのかもしれない。

 異世界転移に直接的に関わった者には、何らかの力が働いている可能性は十分ある。



「それにしても、瀬野さん、本当に異世界行ったんだな。」



 ふっと勇司が笑う。

 どこか遠い目をしているのは、彼自身の異世界での生活を思い出しているからなのだろうか。



「佐々木のおっさんには、俺から伝えとくから安心しろ。」


「っていうか、さっきからおっさんって何なんです?佐々木さんも勇司さんも、あんまり歳変わらないはずですけど。」


「だって老けてるじゃん。顔怖いし。」



 なにそれ、と舞が声をあげて笑う。

 ひとしきり笑い終えた舞は、寂しそうな、でもすっきりした顔をしていた。



「佐々木さんにはお世話になったから、きちんとお礼を言いたかったけど……勇司さん、代わりによろしくお願いします。」



 頭を下げた舞に、勇司がスマホを差し出す。



「連絡先、交換しとこうぜ。あんたらは、異世界転移被害者の会のメンバーにとっては大きな希望だからな。いずれ、会合にも招待されるかもしれないぜ?」


「……そうだといいな。」



 絵美と翔が異世界転移して、それを誰にも信じてもらえなかったとき、舞の心を励まし続けてくれたのは佐々木の存在だった。

 荒唐無稽な話を否定せず、同じ被害者家族の立場でつらい気持ちに寄り添ってくれた。

 佐々木がいなければ、舞の心はすでに壊れてしまっていたかもしれない。


 淡い思いを寄せていた佐々木に忘れられた事実に切なさを感じながら、舞は勇司を見送った。

 異世界転移被害者の会のメンバーは、勇司をのぞいて全員、舞のことを覚えてはいないだろう。

 そう思うと、無理に参加するつもりにはなれなかった。



「お姉ちゃん、私クレープ食べたい。」


「僕、ハンバーガー。」



 無邪気に笑う双子に、舞は「仕方ないな。」と歩き出した。

 当たり前に家族がそばにいる、そんな状況に感謝しながら。

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