42 次の世界へ
エミとショウを見送ったあと、俺たちは王城をあとにした。
ロイはノアに恐縮していたが、あからさまな態度をとっては、ほかの騎士に怪しまれてしまう。
部屋の外では、これまで通りの態度でいてほしいと頼むと、快く了承してくれた。
加えて、俺たちの魔王討伐隊からの除隊をお願いした。
エミとショウが帰還を選んだからには、討伐隊に在籍する理由はない。
こちらも、適当な理由をつけて処理しておくと約束してもらった。
滞在中の宿に戻った俺たちは、ノアの指示に従って荷物をまとめた。
それから、グレンの屋敷へと向かう。
今まで世話になった礼を伝えるとともに、故郷へ帰ることになったと告げた。
突然の別れにグレンは戸惑い、リオナは残念そうな顔をしていたが、家に関する問題が生じたというと納得してくれた。
「せっかく紹介してくださったのに、申し訳ありません。」
謝罪する俺に、グレンは笑って「気にするな」といった。
「正直、君たちみたいな子どもを討伐隊に紹介せざるを得なかったこと、後悔していたんだ。国からのお達しで、腕のたつものを見つけたら紹介することになっていたが、死と隣り合わせの戦場に送り出すことに罪悪感があった。
だから、君たちが除隊することを選んでくれて、安心しているんだ。」
グレンの心遣いに感謝し、頭を下げる。
リオナとその母は、お土産にと貴族御用達の高級店のお菓子を持たせてくれて、妻が笑顔でお礼を言っていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。」
ノアに促され、グレンの屋敷をあとにする。
これからどうするのかと訊ねたら「とりあえず、人気のないところへ行こうか。」とノアが笑った。
王都から馬車に数時間揺られ、小さな村にたどり着いた。
村には夫婦で経営している小さな宿屋があり、今日はそこで一泊することになった。
長時間の馬車移動で凝り固まった体をほぐすため、村自慢の温泉へ足を運ぶ。
異世界にも温泉があるのかと、ありがたく思った。
ノア曰く「ちょっとしたご褒美」らしい。
温泉で癒されたあとは、食事を済ませて早々に眠りについた。
今までずっと気が張っていたのかもしれない。
エミとショウの帰還を見届けて安心したのか、普段よりもぐっすりと眠ることができた。
※
翌朝、朝食を済ませてから宿を発った。
妻はいつの間にか宿の女将と親しくなっていたらしく、庭でとれたという苺をもらっていた。
カバンの中にしまわれた苺は、あとでおやつに食べるらしい。
ノアの案内で、近くの森の中に入る。
はじめこの世界にやってきたときの森に似ているが、あの時感じた不安感はもうない。
森の奥まできたところで、ノアがパチンと指を鳴らした。
「さあ、次の世界へ行こうか。」
もはや見慣れてきた白い扉に手をかけ、ノアが言った。
「次はどんな世界なんだ?」
どうせはぐらかされるだろうと、あまり期待せずに問いかける。
ノアはにっこり笑って「次も魔法がある世界だよ。」と答えた。
「でも、この世界と違って魔王はいない。代わりに世界を蝕む瘴気に苦しんでいる。……その世界の異世界人の役割は、想像つくでしょ?」
「…瘴気の浄化?」
「正解!彼女は聖女として巡礼の旅をしている。そして、異世界で生きていく決意を固めているらしい。……聞き覚えのある話じゃない?」
「……あっ。もしかして、川西さんの…。」
異世界転移被害者の会に参加していた、ぽっちゃりした男性とやせ細った女性の夫婦を思い出す。
川西誠と佳苗の娘は、確か異世界から一度電話をしてきて、瘴気を浄化していると話していたはずだ。
「彼女は、幼さゆえか、だいぶ異世界に染まってしまっている。エミちゃんやショウくんのように、スムーズに話を聞いてくれないかもしれない。……ま、伊月くんならできるって信じているから、頑張ってね!」
「また適当な…。でもまあ、全力を尽くすよ。」
「詩織も頑張る!」
ノアは俺たちの背中を優しく押した。
なんだか勇気づけられるような気持ちがして、扉の中に足を踏み入れる。
眩い光に包まれて、俺はまた瞳を閉じた。