40 勇者の最期
「ちょっと待ってくれ!さっきから勝手なことを言っているが、創生の女神様がそのようなことをなさるわけがないだろう!」
叫んだのはロイだった。
魔王による侵略が始まったこの世界では、女神に対する信仰は日に日に高まっているという。
そんな絶対的な存在が実は黒幕だったなんて、受け入れられないのも当然だ。
ロイの気持ちを知ってか知らずか、ノアは非情に続ける。
「君たちは女神の何を知っているの?君たちが見ているのは、彼女の表面上の一部に過ぎない。」
「それはそうだが……。」
「僕は彼女に合ったことがあるけど、慈悲深さとは真逆の存在だったよ。無数に存在する君たちは、そもそも神にとって取るに足らないもの。君たちだって、食材の産地や品質は気にしても、家畜の幸不幸を意識したりはしないでしょ?」
食材。
嫌な言い方だが、信仰心という力の源を生み出すという意味では、わかりやすい比喩だろう。
「し、しかし記録では、勇者様は魔王討伐後に女神様により元の世界へ送還されているという。実際に、女神様が降臨された際の目撃証言も残っている!」
「でも、元の世界に戻ったなんて、どうしてわかるの?」
「それは神託が……っ!」
「勇者を連れ去るのも、神託を下すのも、どちらも女神だよ。嘘を言っても、君たち人間には一切わからない。まさに、神のみぞ知るってやつだね。」
信仰心と猜疑心で困惑しているロイは、反論を探そうとしたけど見つけられなかったらしい。
ブツブツと何かを小声で呟き、やがて黙り込んでしまった。
そんな中、次に口を開いたのはエミだった。
「私たち、召喚されるときに女神様に会ったけど、そんなひどいことをする人には見えなかったよ?加護も与えてくれたし……。」
「加護ね。そこが肝だよ。」
ノアがニヤリと笑う。
「君たちにかけられている加護は、女神の力の一部なんだ。だから、分け与えた力を回収するためにも、勇者の死は女神にとって必要不可欠なんだよ。」
「そんな……。」
「まだ信じられない?……じゃあ、見たほうが早いかな。」
ノアがパチンと指を鳴らすと、大きな鏡が現れた。
そしてもう一度指を鳴らすと、美しい女性が鏡の中に映った。
「彼女がこの世界の女神。教会にあった像は、あんまり似てなかったね。……それで、これは今から300年くらい前の映像なんだけど、よく見ていてね。」
つまらなさそうにため息をついた女神は、立ち上がって手を合わせた。
さると彼女の身体はまばゆい光に包まれ、視界が遮られたかと思えば、荒れた土地に切り替わっていた。
荒廃した土地の中心には、数人の男女が座り込んでいた。
格好から見るに、剣士に魔法使い、僧侶、武闘家とまるで勇者一行のようなメンバーだ。
「彼らは先代の勇者パーティー。派手な剣をにぎっているのが、当時の勇者だよ。」
やがて勇者たちのもとに、光の粒が降り注いだ。
光の粒は、先程見た女神の姿に変わる。
先程の気だるげな様子とは打って変わり、慈悲深い笑みを浮かべている。
『勇者よ。』
鏡の中の女神が、勇者を包み込むように手を伸ばす。
勇者は呆けて、女神を見つめていた。
ほかのパーテイーメンバーも同様だった。
『勇者よ。あなたの献身に感謝いたします。私の世界を救ってくれて、ありがとう。………さあ、参りましょう。』
女神が勇者の手を取ると、勇者の身体はふわりと浮かび上がる。
やがてまた光の粒がふたりを包み込み、そして消えていった。
画面は再び切り替わり、何もない真っ白な空間が広がる。
まるで神と対面したあの場所のようだ。
女神とふたり、その場にやってきた勇者は、目を輝かせながら問いかけた。
『俺は、ようやく元の世界に戻れるんですね?』
そんな勇者に、女神はにっこりと笑いかけ、祈るように手を合わせた。
瞬間、勇者の顔が苦痛に歪み、うめき声をあげる。
そして勇者の身体から、白い光の玉のようなものが出てきて、女神のもとへ飛んでいき、吸収された。
『何を………。』
『与えていた力を返してもらいました。これからのあなたには必要ないでしょう。』
『な、なるほど……。それでは、元の世界へ……!』
希望に満ち溢れた瞳を向ける勇者に、女神は頷いた。
そして小声で、何かの呪文を唱える。
勇者の身体は、丸い膜のようなものに包まれた。
その目には、涙が浮かんでいた。
ふふふ、と女神が笑う。
笑い声はだんだんと大きくなり、やがて高笑いへと変わった。
そんな女神に、勇者は顔をひきつらせる。
女神は慈悲深さとは程遠い、嘲るような笑みを浮かべている。
『ばかね、帰れるわけないでしょ?』
『なっ……!』
『あなたのおかけで、私の信仰はより高まったわ。だから、あなたはもう用済み。……元の世界に帰すのって、けっこう大変なのよ?どうして私がそんな苦労をしなくちゃならないの?』
『そんな!魔王を倒せば帰してくれるって言っただろう!どれだけ頑張ったと思ってんだ!!』
『……うるさいわね。もういいわ。』
パン!と女神が手を叩く。
同時に勇者の身体は弾け飛び、膜の中は飛び散った血で真っ赤に染まった。
それから膜はみるみる小さくなり、やがて消えてしまう。
『まったく、余計な手間をかけさせて…。大人しく魔王といっしょに滅んでいればいいものを、本当しぶといんだから……!身の程を知りなさいよね。』
女神はつまらなさそうにあくびをして、光の中へと消えていった。
そしてそこで、映像は途切れた。