37 出立式
魔王討伐隊への入隊が決まった俺たちは、1日に数時間騎士団に交じって訓練を行った。
騎士団長であるロイや指南役のハクジも参加することがあったが、エミとショウの姿を見かけることはなかった。
勇者たちを目にしたのは、それからしばらくして行われた出立式の日だった。
出立式には討伐隊の隊員だけでなく、国の主要貴族も参加していた。
討伐隊には、貴族も平民もともに在籍していたが、平民は後ろの方に追いやられていたので、エミとショウも小さくしか見えない。
入隊したのはいいが、このまま話をする時間をとれなかったらどうすればいいのか。
勇者との面会は容易に許可されるものではなく、周囲のガードも堅い。
こっそり王城内のエミとショウの居室に忍び込んだなら、きっとすぐに捕らえられることだろう。
死罪になる可能性だってある。
「なあ、ノア。これからどうするつもりなんだ?」
すべてを把握しているであろう彼に聞くのが手っ取り早いが、案の定「どうしようか。」とはぐらかされてしまった。
困った素振りがまったくないことから、どうやらノアはエミとショウに接触する手段を思いついているようだ。
事前に教えてくれれば、心の準備ができるのに。
そう恨めしく思いながらも、俺は考えることを放棄して国王の長話に耳を傾けた。
※
「このあと、おいしいものが食べられるんだって!」
出立式の最中、しきりにあくびをしていた妻が言う。
今の俺たちは、無事に式を終え、次の指示を待って待機しているところだ。
「おいしいもの?」
「うん、近くにいたお姉さんが言ってた!頑張って戦う人を応援するために、お城のおいしい料理を出してくれるんだって。」
「それは貴族だけじゃなくて?」
「ううん、貴族の人とは違う部屋で、詩織たちも食べれるんだって。」
王城の料理、さぞかし豪勢なのだろう。
ただ貴族と平民で別室を用意しているということは、食事にももちろん大きな差がつけられているはずだ。
しかし身分の差が大きいこの国において、平民に王城で食事を振舞うというのはめったにないことだろう。
「楽しみだな。」
「うん!」
妻が元気に返事をしたところで、騎士の一人から別室へ移動するよう指示を出された。
討伐隊の隊員がぞろぞろと移動する中、俺たちも後を追う。
通されたのは、広いホールのような場所だった。
大きなテーブルの上には所狭しと料理が並び、片隅には空の食器とカトラリーが置かれている。
どうやらビュッフェ形式で食事をするようだ。
ぼんやりとあたりを見渡していると、どよめく声が耳に入った。
騒ぎの方に誌線を向けると、ちょうど扉からエミとショウが入ってくるところだった。
「あ!エミちゃんとショウくんだ!」
妻がぱっと走りだすが、勇者2人はほかの隊員に囲まれてしまい、なかなか近づけない。
しばらく周りをうろうろしていたが、諦めて戻ってきた。
口を尖らせて「お話したかった…。」とぼやく妻を慰めつつ、ノアに目配せをする。
「お優しい勇者様たちは、貴族への挨拶が終わったあとにこちらにも足を運んでくださったようだよ。隊員に挨拶をして回っているようだから、そのうち僕らのところにもくるかもしれないね。」
「ああ、でも…。」
「人目のあるところじゃ、大した話はできないね。」
ノアが肩をすくめる。
近くに転移者がいるのに、話をきくことができないのが何とも歯がゆい。
どうにか人目を避けて話ができればいいのだが…。
そんなことを考えているうちに、だいぶ時間がたったのだろう。
いつのまにか俺たちの番が来たようだ。
俺たちの前にやってきた勇者たちに、軽く頭を下げて挨拶をする。
「訓練はどう?」
エミが問いかけ、妻が「頑張った!」と答えた。
気安い口調で話す妻に怪訝な目を向けるものもいたが、邪気のない様子に温かいまなざしを向けるものも多い。
「えらいね!私たちも頑張っているよ。」
「ロイさんから聞いたけど、君たち本当に強いんだね。でも討伐では命を大事にしなきゃだよ。」
どうやら二人とも、多少は俺たちのことを気にかけてくれていたらしい。
「それじゃあ、討伐の旅に出てからもよろしくね。」
忙しなく踵を返したエミに、妻が「もっとお話ししたいのに…」と残念そうな声をあげる。
俺が小声で注意すると口をつぐんだが、不満そうな表情はそのままだ。
そんな妻の様子に、エミが小さく吹きだす。
「シオリちゃん、小さい子どもみたい。……じゃあ、明日お茶しながらゆっくりお話しする?明日は訓練お休みだし、あんまり予定もないから。」
「いいの?!」
エミとショウのそばに護衛として立っていたロイが咎めるような視線を向けていたが、エミはスルーして「約束ね。」といった。
「みんないっしょでもいい?」
「みんなって、イツキとノア?」
「あとコトラも。」
「いいよ。あとで使いを出すから、詳しい時間はそのときにね。」
妻はすっかりご機嫌で、去っていくエミとショウに手を振っていた。
「さすが詩織ちゃん。」
呆然とする俺を横目に、おかしそうにノアが笑っていた。