36 勇者たち
勇者様と呼ばれていたから、まさか2人だとは思わなかった。
驚いて立ち止まった俺の背中を、ノアが軽く押して進むよう促す。
エミとショウの前に用意された椅子を勧められ、俺たちはそろって腰を下ろした。
ハクジも面接に同席するらしく、俺たちのそばに立つ。
「……あの、どうかしましたか?」
怪訝そうな顔で、エミが問いかけた。
驚きのあまり、じろじろと見つめすぎてしまったようだ。
慌てて謝罪し「勇者様がおふたりとは知らず、驚いてしまって…。」とごまかした。
その言葉に納得したのか、「まだはっきりと公表してないですもんね。」とショウが言った。
どうやら国の主要貴族や騎士団には周知しているらしいが、そのほかにはあまり情報を出さないようにしているらしい。
どうりで、これまでの道中で勇者について詳しく知る人がいなかったはずだ。
……グレンは知っていた可能性が高いが。
「まだ公表する予定はないので、口外しないように。」
厳しい口調で、騎士団長と思われる男が釘をさす。
その威圧感はすさまじく、妻が怯えて俺の服の裾を掴んだ。
「ちょっと、ロイさん!怖すぎ!」
すかさず、エミが声をあげる。
ロイと呼ばれた男は、少しだけ表情を緩めた。
威圧感も薄れ、妻がほっとしたほうに息を吐く。
「ごめんね、怖かったよね。でもこの人、見かけよりいい人だから安心してね。」
妻を安心させるよう、エミが笑いかけた。
優しい口調がうれしかったのか、妻も笑顔を返した。
……見た目としては妻のほうが年上に見えるはずなのだが、仕草が幼いからだろうか、エミのほうがお姉さんらしく見えるのが不思議だ。
「それではあらためて、面接を始めます。」
エミが仕切り直し、簡単な自己紹介から面接が始まった。
「あなたたちはまだ子どもでしょ?どうして魔王討伐隊に入ろうと思ったの?」
「実入りのいい仕事があると紹介されて。」
ノアがにっこりと答えると、ショウが呆れたように眉を寄せた。
「魔王討伐隊には、魔王軍に村を焼き払われたとか、親や友だちを殺されたとか、強い恨みを持っている人が多い。みんなそれだけ真剣な理由をもって入隊を希望している。ただお金のためというなら、魔王討伐隊でなくてもいいんじゃないかな。」
「自分で言うのもなんですが、僕らはそれなりに実力があるほうだと思います。戦力になるものが入隊することは、勇者様にとっても良いことだと思うのですが、ショウ様はそうは思われないようですね。」
「……魔王軍との戦いは、恐ろしい。怪我人だけでなく、死者も大勢いる。僕たちは勇者として戦いに出る義務があるけど、そうでない君たちが自ら危険に身をさらす意味がわからない。」
どうやら彼は、俺たちの身を案じてくれているらしい。
勇者という責任から逃れられないだけで、本心では彼も戦うことを望んでいないのかもしれない。
絞り出すように言ったショウを労うようにその手を握り、続けてエミが話し始めた。
「確かに、戦力が増えることはうれしい。でも私も、どうしても魔王を倒したいという理由があるならともかく、そうでないなら入隊しない方がいいと思う。」
彼らも、魔王討伐を決心するまでにさまざまな葛藤があったことだろう。
まだ中学生の子どもが、世界の命運を託され、命がけで戦わねばならないなど、到底納得できる話ではない。
「勇者様たちはお優しいね。」
ノアが茶化すように言ったが、その眼差しには憐憫がこもっているように見えた。
ショウはそのまなざしに気づかず、ノアの言葉に拳を握りしめる。
エミも、悲しそうに目を伏せた。
「あの!」
いたたまれない気持ちになって、つい声をあげる。
ショウとエミも顔をあげ、俺に視線を向けた。
「俺たちにも、魔王討伐隊でなくてはならない確固たる理由があります。今はまだお話しできませんが、いずれきちんとお話します。……それでは、いけないでしょうか?」
「……それは、あなたたちが命をかけてもいいと思うような理由なの?」
「もちろん。……それに、俺たちは冒険者です。常に死と隣り合わせにある仕事をするという点では、魔王討伐隊とさほど変わらないのではないでしょうか?」
「……わかった。」
俺の言葉に納得してくれたのか、ショウとエミは少し表情を緩めて言った。
「いっしょに戦おう。」
「これからよろしくね。」