35 入隊試験(2)
ノアの試験は、一瞬で終わった。
相手の騎士は中堅といった見た目の男性騎士だったが、剣を抜く前にノアの草魔法によって蔓が絡みついて戦闘不能と宣言したのだ。
どうやら彼は剣の腕は一流だが、魔法は使えないらしい。
「一応、装備には防御魔法が施されているんだがな。」
苦笑いしながら、騎士が言う。
ノアは「うまくいってよかったよ。」と余裕の笑顔で返していた。
想像よりも早く、俺の番がきてしまった。
「伊月くん、頑張ってね!」
応援する妻の声を背中に受けながら、俺の相手をする騎士に向き合う。
騎士は若い男で、自ら魔法剣士だと宣言した。
そのうえで「俺は前の二人のように情けない騎士ではないぞ。」などと挑発的なことをいう。
彼の発言に、女性騎士と中堅騎士はあからさまに不快な顔をしたが、文句は口に出さなかった。
身に付けている鎧を見る限り、どうやらこの無礼な騎士のほうが家格が高いのだろう。
明らかに先の二人よりも質の良い装備を身に付けている。
「準備はよいか?」
ハクジに問いかけられ、頷いた。
騎士はあざけるように「死んでも文句言うなよ。」といって笑う。
「……よろしくお願いします…!」
緊張で汗が滲む中、長剣を強く握りしめた。
ハクジの合図で、模擬戦が開始する。
騎士は余裕なのか「先に打ち込んでいいぞ、受けてやる。」と声をかけてきた。
「一度も剣をふるえないのもかわいそうだからな。」
とことん俺をバカにしているのか、それともよほど腕に自信があるのか。
どちらにせよ、一度は攻撃を受けてくれるのなら、甘えることにしよう。
シールドとブーストを重ね掛けして、一気に騎士に斬りかかる。
その間際、余裕ぶっていた騎士の顔が焦りに変わり、鈍い音が響くとともに、しびれるような感触が腕を伝った。
横から打ちつけられた騎士の身体はそのままの勢いで、壁に衝突する。
「それまで。」
落ち着いた声でハクジが告げ、治癒魔法師が騎士に駆け寄って治療を開始する。
当の俺はというと、あまりにあっけなく勝敗が決したことに呆然とするだけだった。
ブーストをかけていたとはいえ、自分があんなに軽々人を吹っ飛ばすことができるなど、到底信じがたい。
「よくできました。」
そんな俺の背中を軽く叩き、ノアが言った。
いつのまにか隣に来ていたのか、グレンが「これほどとは、驚いた。」と感嘆の声をあげる。
ハッとして辺りを見渡すと、女性騎士と中堅騎士は驚いた顔をしていて、妻とリオナは俺の勝利を喜んでいた。
「それでは、次の試験に移る。」
ハクジの表情だけは変わらず、何を思っているのかさっぱりわからなかった。
※
二次試験は、筆記テストだった。
内容は簡単な選択問題だ。
適性検査を兼ねているらしく、教養問題のほかに性格検査のような内容も見られた。
おそらく、協調性などを判断するために設けられた問題なのだろう。
回答はあっという間に終わり、その場でハクジが答案用紙をチェックする。
問題はなかったのか、最終試験へと案内されることになった。
実技、筆記ときたら、最後の試験は……。
「最終試験は、勇者様との面接である。ともに戦うに値するかどうかをご自身で判断いただくため、陛下が許可なされた。勇者様の身の安全のため、面接には騎士団長も同席する。」
「わかりました。」
「……入室できるのは、入隊希望者だけである。ご了承いただけますかな。」
グレンが頷いた。
グレンとリオナは別室で待機することになるようだ。
「私もお会いしたことはないが、勇者様は気さくなお方だという。あまり緊張しすぎないように。」
グレンにそう励まされ、頭を下げる。
まさか入隊試験で勇者にお目通りできるとは思っていなかったので、うれしい誤算だ。
後々ゆっくりと話をする機会を得るためにも、この面接を無事通過しなくてはならない。
ハクジが扉をコンコンとノックする。
扉の奥から「どうぞ。」と声がした。
若い少年の声だ。
扉が開いて、勇者の姿を目にした俺は、驚きで目を丸くする。
騎士団長と思わしき武骨な男のそばに、そっくりな顔立ちをした少年と少女が腰かけていた。
「はじめまして、エミ・タカナシです。」
「ショウ・タカナシです。ふたりで勇者をしています。」
そう言って2人は、高梨舞によく似た顔で笑った。