34 入隊試験(1)
「緊張しているな。」
「……はは、まあ…。」
グレンに指摘され、苦笑いする。
昨日開き直って試験に臨もうと思ったのもつかの間、すぐにネガティブな思考に引き戻され、結局あまりゆっくり眠れなかった。
寝不足だと余計に合格の可能性が遠のくとわかってはいたが、一つ考え出せば切りがなく、延々とどうしようもない不安と戦う羽目になってしまったのだ。
「君たちなら、何の心配もないと思うのだがな。」
そういって、グレンが豪快に笑う。
その隣でリオナも、おかしそうに笑っている。
「あなた、無傷であの集団を捕らえたのに、まったく自信がないのね。シオリとノアは平気そうなのに。」
「俺は小心者なので…。」
「まあ、慎重なのはいいことだ。」
騎士団の応接室に通された俺たちは、試験開始を待っているところだ。
リオナの母は長旅の疲れが出たらしく自宅で休んでいるが、グレンとリオナは付き添いとしてを見学することになっている。
「貴重なお時間をよかったのですか?」
「問題ない。用事も昨日のうちに済んで、暇を持て余していてな。それに、娘から話に聞いていた君らの戦いぶりを見てみたくなった。」
「……頑張ります。」
緊張に打ち震えていると、扉がコンコンとノックされた。
「失礼いたします。」
部屋に入ってきたのは、初老の男だった。
騎士団の試験官というから、もっと若い男を想像していたが、いかにもベテランといった風貌だ。
「おお、久しいな。」
グレンはどうやら知り合いだったらしく、表情が明るくなる。
男もグレンに対し、礼をして答えた。
どうやら立場としては、グレンのほうが高いらしい。
「いまは騎士団の指南役を引き受けているのだとか。」
「ええ、老骨にもまだお役に立てることがあるようで。」
「そこらの騎士では歯が立たんと聞くがな?」
「いやはや、未熟者が多いもので、鍛えがいがあります。」
グレンの口ぶりからするに、ずいぶん腕が立つらしい。
そんな男のお眼鏡にかなうことができるのだろうかと、余計不安になる。
「この者たちは、私の推薦でな。今回は試験も見学させてもらうから、よろしく頼む。」
「しかし評価は厳しく行わせていただきますぞ?」
「かまわん。問題なく突破できるだろう。」
グレンの言葉に、品定めするように男が俺たちを見た。
子どもだと見くびる様子はない、公平な男のようだ。
「儂は騎士団で指南役を務めておるハクジという。さっそく試験を開始する。ついてきなさい。」
そういって踵を返した背中を追いかけた。
※
最初の試験は、現役の騎士との模擬戦だった。
まずは筆記などのテストかと思っていたが「実践で使えなければ意味がない」ということなのだろう。
初めに実力を見たうえで、あとから協調性などを判断するらしい。
一人一人の実力を判断するために、模擬戦は一対一で行うことになった。
まずは妻、続いてノア、最後に俺の順番だ。
ちなみにコトラは妻の従魔なので、シオリとともに戦うことが許可されている。
妻の相手は、若い女性騎士だった。
剣、魔法ともに使用可能で、どちらか一方が降参するか戦闘不能になったら試合終了。
また試合後に速やかに怪我の治療ができるようにと、治癒魔法の術者がそばで待機している。
模擬戦とはいえ、本気で戦うのだからもしもの可能性はある。
そのときは双方文句を言わず、結果を受け入れることを誓った。
「詩織、危なくなったら無理をするな。すぐに棄権しろ。命が一番大事だから。」
「わかった!頑張ってくるね。」
元気に飛び出していく妻に不安を覚えながらも、こらえて送り出す。
ノアが稽古をつけ続けていたようだが、俺がいると妻の集中が続かないといわれ、ほとんど目にしていないからその成長具合は未知数だ。
「それでは、はじめ!」
ハクジの掛け声で、両者が構える。
コトラは妻の足元で呑気に毛繕いをしていて、緊張感のかけらもない。
「シールド!」
妻が唱えると、薄い光の膜が妻とコトラを包んだ。
装備の防御力が高いから本当は必要ないのだが、高性能の装備を持っていることが知られれば、国にその入手先を問われかねないとのことで、カモフラージュとして使うようノアから指示を受けている。
女性騎士は「ブースト。」と唱えた。
身体強化魔法だ。
一瞬の間があり、先に踏み込んだのは騎士の方だった。
身体強化により上がったスピードで、即座に妻に斬りかかる。
怪我をしないとわかっていても、背筋が凍る。
しかし妻はニヤリと笑い、短剣で騎士の刃を受け止めた。
そのままキンキンと金属のぶつかる音が鳴り響く。
普段はあどけない顔をしている妻が、何とも勇ましい表情で戦うものだ。
これもノアの特訓の成果なのだろうが、妻の新たな一面をみたような気がする。
「コールド!」
妻が叫ぶと、騎士の足元が凍り、その動きを妨げる。
足を取られて戸惑った一瞬の隙に、コトラが飛びかかり爪を立てる。
派手な音が鳴り、弾け飛んだ騎士の剣が床に突き刺さる。
騎士は唖然とした表情をしたあと、あっさりと負けを認めた。