33 誘拐犯
王都までの道中は、ゆったりとしたものだった。
何しろ、時間のかかる移動は転移魔法陣で一瞬のうちに終わるのだ。
そのほかはギルドや酒場などで話を聞いたり、リオナたち一家と食事やお茶を楽しんだりするだけ。
ノアからの課題も、ちょっとした魔法訓練と勉強だけにとどまっていた。
魔王討伐隊の入隊試験は、力試しだけでなく面接も行われるという。
いくら腕っぷしが強くても、上からの指示に従わなかったり、周囲と連携が取れなかったりするとお荷物になりかねない。
それが討伐隊のまとめ役となる王国の騎士団長の考えらしい。
俺も元の世界では、中間管理職としての役割を担っていたが、確かに個々の能力が優れていても、周囲とのコミュニケーションに難があると仕事に支障が出ることは多かった。
魔王討伐という命がけの任務だからこそ、不安要素を取り除こうとする意識には共感できる。
それにグレンやギルド職員などから話を聞くに、この騎士団長は相当優秀な人物らしい。
貴族・平民問わずに多くの騎士をまとめ上げるカリスマ性はもちろん、その実力も国内一といわれている。
召喚された勇者よりも強いのではないか、との声も上がっているほどだという。
そんなに強い騎士団長がいるのなら、勇者に頼らずとも、彼を中心として魔王を討伐すればいいのではないかと思う。
しかし、この世界には古くから伝わる伝承があり、それによると数百年に一度現れる魔王の討伐は、異世界より訪れし勇者にしか成しえないのだそうだ。
実際、過去に世界最強と謳われた剣士が魔王討伐に挑んだことがあるそうだが、手も足も出なかったのだとか。
「でも……誘拐なんだよな。」
世界のために異世界からの勇者にすがる気持ちは理解できる。
ただ、大多数を救うために一人を犠牲にするというのは、また違う話だ。
それが自分の身内なら、なおさら。
勇者がいなくとも、この世界が救われる方法はないのだろうか。
そんな夢みたいなことをぼんやりと考えていた。
※
転移魔法も、今日で3回目。
つまり今到着したのは、王都ということになる。
転移魔法陣は、領主館の地下に設置されていることが多かった。
しかし王都の場合は、防犯の面からも王城ではなく教会に魔法陣を設置しているそうだ。
地下からの階段を上ると、礼拝堂に出た。
髪の長い美しい女性の像が飾られている。
おそらく彼女が、この世界の女神なのだろう。
グレンたち一家とその護衛、使用人たちが女神に祈りをささげる。
それに倣い、俺たちも手を合わせた。
ノアからの授業によると、この世界の神は女神ただ一人。
世界を救う勇者を遣わせてくれる存在としても、多くの信仰を集めているらしい。
つまり、彼女が誘拐犯だ。
彼女の世界を救うためにやむをえなかったとしても、それはまごうことなき事実だ。
複雑な思いに駆られながら、俺は教会をあとにした。
これまで訪れたどの都市よりも、王都は大きな街だった。
リオナたちとは一旦別れ、明日入隊試験の会場まで同行してもらうことになっている。
入隊試験は随時行われており、紹介状のあるものが騎士団の詰め所を訪れたら、試験官へ繋いで貰えるらしい。
無事に試験を突破できるか、自信よりも不安のほうが大きかった。
そんな俺の心配をよそに、妻とノアは呑気に賑わう市場を散策している。
普段と変わらぬ様子を見ていると安心する反面、どうして自分ばかり気がはやっているのかと情けなくも感じた。
「伊月くんも食べる?」
妻が串焼きを差し出して笑った。
香ばしい匂いが鼻先をくすぐり、俺もつられて笑った。
先のことを心配してもどうにもならない。
今は食事と睡眠をしっかりとり、明日に備えることが大事だろう。
串焼きにかぶりつきながら、そんなことを考えていた。