32 王都へ
正直、勇者に会って話を聞くのは簡単なことではないと思っていた。
魔王討伐のために異世界から召喚した勇者は、国や世界の宝といっても過言ではないだろう。
そんな存在に、どこからともなく現れた一般人が会おうなど恐れ多いと思われるはずだ。
だからこそ、今までどうすれば勇者に遭遇できるかを考えていたのだが、まさかこんなあっけなくその機会が巡ってくるとは……。
魔王討伐隊の入隊試験を受けることになった俺たちは、グレンからの提案で王都まで同行させてもらうことになった。
どうやら、王都では半月ほどのちに勇者を代表とする魔王討伐隊の出立式が行われるらしい。
国内の有力貴族にも招集がかかっており、グレンも妻と娘を連れて参加するという。
こうした提案にも、ノアがすかさず了承の返事を返したことから、どうやら彼は船に乗ったときからこの展開を想定していたようだ。
荷物の整理を終え、出発の準備を整えた俺は、ぼんやりと「ノアって本当に何者なのだろう…。」と考えていた。
この世界に来てからも一度、ノアに訊ねたことがある。
しかしそのときも明確な回答ははぐらかされてしまった。
ただ俺の「神様なのか?」という疑問に「どうかな…。」と返したことを鑑みると、一般的な神とは少々異なる存在なのかもしれない。
「伊月くん、そろそろ出発だって!」
屋敷の庭園を散歩していた妻が戻ってきて、俺に声を掛ける。
わかった、と返事をして部屋をあとにした。
豪華すぎて落ち着かないと思っていた部屋だが、3日もすると慣れてしまった。
ここから王都までは、馬車でおよそ10日ほど。
長旅になるのかと思うと、ふかふかのベッドが名残惜しい。
入隊試験に備え、俺たちはこの街に滞在中も訓練を続けていた。
朝にギルドへ向かって依頼を受け、それをこなしながら実戦形式で鍛錬する。
時間が余れば、ノアやコトラとの模擬戦も行われた。
……ノアどころか、コトラにも手も足もでなかったが。
ちなみに妻も模擬戦の相手に立候補していたが、妻に剣を向けられる自信がなかったので、さすがに遠慮させてもらった。
「リオナちゃーん!」
妻がリオナの姿を見つけ、うれしそうに駆けよる。
微笑ましく妻を見守るリオナは、まるで姉のようだ。
「シオリ、走ったら危ないわよ。それに、忘れ物はないか確認した?」
「うん、大丈夫!リオナちゃんもいっしょにおでかけできるの、うれしい!」
「ふふっ、私もうれしいわ。」
二人のやり取りを温かい目で見守っていると、「準備は万全かね?」とグレンに声を掛けられた。
「はい。この度は、我々も同行させていただき、ありがとうございます。」
「よいよい、それに私が紹介するといったのだ。責任をもって送り届けねばな。……だがひとつ、問題が起きてしまってな。」
「問題、ですか?」
「王都で別件が入って、早めに到着しなくてはならなくなった。ついては転移魔法陣を利用しようと思うのだが、君たち転移への耐性はあるか?」
「転移への耐性…?」
初めて聞く言葉に混乱していると、いつからか横にいたらしいノアが代わりに「問題ありません。」と答える。
ノアによると、この国の主要都市には転移魔法陣が設置されているという。
しかし転移できる距離には限りがあり、ここから王都へ行くには3回転移する必要があるそうだ。
また体質によっては転移によって気分が悪くなることがあるため、転移への耐性があるか確認してくれたらしい。
ちなみに転移魔法陣の利用料は高額で、貴族以外が利用することはほとんどないというのだから、破格の扱いだ。
俺たちの場合は、装備に付与されている「状態異常無効」の効果が転移による体調不良を防いでくれるから問題ないとノアが言った。
つくづく、便利な話だ。
「それならばよかった。ただ、うちの妻は身体があまり丈夫ではなくてな。転移は1日に1度程度なら問題ないが、それ以上は負担が大きい。だから転移魔法陣のある2つの都市でそれぞれ一泊し、3日かけての移動を行うことになる。」
「わかりました。」
「立ち寄るのはどれも大きな都市ばかりだ。ついでにギルドに寄って、情報を集めてもいいだろう。」
拠点探しをしているという俺たちの話を踏まえ、提案してくれたのだろう。
魔王討伐隊に入れなかったときのことも考慮してくれているのかと、グレンの心遣いをありがたく思った。
俺が感謝を伝えると「なんだか君は、あまり子どもらしくないな。」と苦笑される。
「君くらいの年頃の子どもは、もう少し荒っぽさがあるものだと思ったが、まるで同年代の男と話しているようだ。」
そういわれてドキッとする。
たしかに今の見た目は若返ってはいるが、中身はグレンとそう変わらない、いやむしろ少し上かもしれないおじさんだ。
にじみ出る哀愁は隠せないものなのかもしれない。
「それになんだか、君のリオナを見る目がな…。」
「え!そんな変な目で見たりはしていませんっ!」
「……わかっている。あれは、妻の若いころに似てそれなりに見目がよく、同じ年頃の男の視線を集めることも多い。だが君の娘を見る目は、異性を意識しているというよりもむしろ、親が子を見守るような感じというか。」
「……あ…。」
活発でしっかりもののリオナは、どことなく娘に似ていた。
そんな彼女が妻と接する姿に、在りし日の家族の姿を重ねていたのかもしれない。
柚乃は今、どこで何をしているのか。
せめてつらい思いをしていないことを祈るばかりだ。