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3 怪しい手がかり

 娘が消えて1ヶ月。

 手がかりひとつ掴めない状況が続いていた。

 幼児退行した妻にも改善の兆しはなく、義母のサポートを受けながら生活している。

 快く一時同居を了承してくれた義母には、頭が上がらない。


 幸い生活に必要な知識は一切失われておらず、家事も慣れた手つきでこなしてくれる。

 そうは言っても判断力は6歳段階まで退行してしまっているため、危険が伴う調理はしないように言い聞かせてある。


 娘が消えた日から、俺は仕事を休んで娘の捜索に専念していた。

 子煩悩として知られていた俺を憐れみ、社長が無期限の休職を許可してくれたのだ。

 しかし、あまり長期間休職できるほどの蓄えはない。

 もって半年程度だろう。

 その間に娘を救い出す手段は見つかるのか、考えただけで絶望的な気持ちになる。


「おかえり!」


 帰宅した俺を、笑顔で迎えてくれる妻。

 義母のフォローの甲斐あって、この数日でだいぶ心を開いてくれた。

 怯えた表情をされなくなったのは喜ばしいことだが、娘の存在を忘れたままの妻を見ていると、より悲しみが込み上げてくる。


 娘の写真を見せてもみたが、「知らないお姉ちゃん。」と言われてしまえばどうしようもない。

 無理に記憶を取り戻そうとするのは、悪手だと相場が決まっているため、義母とも話し合い、妻のことはひとまず成り行きに任せることにした。

 今は娘の捜索が第一だ。


「収穫はあった?」


 義母からの問いかけに、俺は力なく首を振った。

 はじめから期待していなかったのだろう。

 やっぱり、といった様子で義母がため息をついたあと、考え込むように眉を寄せた。


「…何かあったんですか?」


 これ以上状況が悪くなっては困るが、あとになって知り、より事態が深刻化しては元も子もない。

 恐る恐る訊ねる俺に、義母は迷いを滲ませながら返す。


「手がかり、とは言えないかもしれないのだけど…。」


「何かわかったんですか!?」


 思いがけずもたらされた希望に、思わず前のめりになる。

 一方で義母はまだ、浮かない顔のままだ。


「わかったわけではないの。でも、前にあなたが異世界転移の話をしてくれたでしょう?それで思い立って、今日ちょっとだけ調べてみたのよ。」


「……それで?」


「そしたらね、あの子と同じように家族が異世界転移したかもしれないっていう人たちの集まりを見つけたの。小規模なもののようだけど、何か情報が得られるんじゃないかと思って…。」


 盲点だった。


 異世界転移は娘の身にだけ起こった特別な事柄だと思いこんでいたが、探せば同様の被害者が存在する可能性は十分ある。

 もちろん、創作や妄想の類なのかもしれないが、八方塞がりの今は藁にもすがりたい。


「連絡先はわかりますか?」


「ええ。ホームページに問い合わせフォームがあったわ。」


 義母が自身のスマホの画面を俺に向ける。

 覗き込んだ画面の一番上には、大きな文字でこう記してあった。



 異世界転移被害者の会、と。







 その日のうちに異世界転移被害者の会へ問い合わせメールを送ると、翌日の朝にさっそく返信が届いた。

 詳しく話を聞きたいから一度直接会いたい、という申し出に、二つ返事で了承する。


 約束の時間は、今日の夜7時。

 場所は駅近くの喫茶店だ。


 この状態の妻を連れて行くわけにはいかないので、義母に面倒をお願いすることにした。

 妻は一緒に行きたかったようで口をとがらせていたが、お気に入りのアニメをつけてやると、そちらにすぐに夢中になった。

 こうしてみると、その仕草は幼い女の子のそれである。



「人目のある場所を離れないように。いい人に見えたとしても、簡単に信用してはだめよ。」


 厳しい口調で義母が忠告する。

 ネット上で知り合った見ず知らずの相手に会いに行くことに、大きな抵抗があるらしい。

 はじめは会うこと自体反対され、電話やメールではだめなのかと何度も聞かれたが、最終的には「相手を見極めるためにも直接あって話がしたい」という俺の意思を理解してくれた。


 それでも不安が大きいのだろう。

 駅近くの店を選んだのも、近くに交番があるからと義母が強く勧めたからだった。

 防犯ブザーまで押し付けられたが、甘んじて受け入れる。

 これほど世話になっている義母の不安を和らげるのなら、どうとでもないことだ。


「手がかりを得ることも大切だけど、あなたに何かあるのが一番困るの。自分の身の安全を優先して頂戴。」


「わかりました。お義母さんも、何かあったらすぐに連絡してください。着信に気づくようしますので。」


「わかったわ。いってらっしゃい。」


 ペコリと頭を下げ、玄関ドアをあける。

 ドアの音に気づいた妻の「いってらっしゃい!」という元気な声に背中を押された。


 歩みを進め、エレベーターのボタンを押す。

 もしかしたらまた魔法陣が現れるかもしれないと、あれから何度もエレベーターに乗った。

 しかし今日も、何の変哲もないオンボロエレベーターは娘のもとに俺を運んではくれなかった。

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