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29 対人戦

 相手はおそらく5人。

 全員が武器を所持しており、こうした荒事にも慣れている様子だ。

 もしかしたら、厨房にまだ仲間が潜んでいる可能性もある。


 対するこちらは、おそらく俺一人で戦うことになるだろう。

 妻とリオナは怯え切っているし、ノアに至っては戦う気がないと本人が宣言している。

 妻の足元にいつのまにかコトラが寄り添っているが、こちらも戦力としては数えられないだろう。


 一対多数の戦闘は、魔物相手に何度か経験はあるが、人間相手は初めてだ。

 そもそも、人間相手に暴力をふるった経験は一度もない。

 この異世界ではもちろん、元の世界も含めて。


 身構えたまま動けずにいる俺をあざ笑うように、相手の男の一人が言った。



「お前に用はない。そこのお嬢ちゃんといっしょに隅っこで震えてりゃ、見逃してやるよ。」



 どうやら彼らの目当ては、リオナただ一人らしい。

 だが、娘と同じ年頃の子どもを見捨てられるほど、俺は腑抜けた人間じゃない。


 俺が引かないことを悟ると、男たちは「身の程を知らねえとは、可哀想に。」「痛い目みねえとわかんねえみたいだな。」などと口々に罵ってくる。

 そして次々に武器を構え始めた。



「手加減できなくて、殺しちまったらごめんな?」



 そういって飛び込んできたのは、一番年若い男だった。

 とっさに腰に下げていた剣を抜き、振り下ろされた斧を防ぐ。

 想像以上に重い攻撃に、剣を握る手がしびれた。


 衝撃に耐えきれず、剣が床に転がる。

 しまった、と剣に手を伸ばしたときには、すでに再び斧が振り上げられていた。



「……っ!」



 男の斧は、俺の腕に向かって振り下ろされた。

 つんざくような妻の悲鳴が、俺の耳にこだまする。

 俺は来るべき痛みに、強く目をつぶる。


 ガキン!と強い音と衝撃が鳴り響く。

 だがしかし、想像していた痛みは訪れない。

 痛すぎると感覚が麻痺することがあるというが、それなのだろうか。

 恐る恐る目を開き、腕の状態を確認して呆然とする。



「……は?」



 驚いたのは相手も同じだったようだ。

 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた男たちは、一斉に俺の腕のほうを見て、呆けたように口を開けている。


 腕には、傷ひとつついていなかった。

 それどころか、腕のそばでは折れた斧が地面に突き刺さっている。



「装備は、僕お手製のいいやつだって言ったでしょ!彼らじゃ君たちに傷ひとつ付けられっこないから、落ち着いて戦ってごらん。」


 諭すようにノアが言う。

 そういえば、スライムに強烈な酸を浴びせられたときも、オオカミ型の魔獣に思い切り噛みつかれたときも、まったく怪我をしなかった。

 一瞬死を覚悟して頭が真っ白になっていたが、深呼吸をして気持ちを整える。



「なんでこんな小僧が、そんないい防具持ってんだよ!」


「うるせえ!女を狙え!」


 

 男たちが一斉に妻とリオナに武器を振り上げる。

 俺は慌てて態勢を整えたが、奴らの行動のほうが早かった。

 妻は防具があるから、怪我をすることはないだろう。

 しかし、リオナはそうはいかない。



「やめろ!」


 叫びながら剣を伸ばすが、届きそうにない。

 何とか逃げてくれ!――そう強く願ったとき、妻の足元のコトラが「にゃおん。」と鳴いて尻尾を揺らめかせた。


 バチッと静電気のような音がして、敵の攻撃がすべて弾き返される。

 驚いてたじろいだ男の一人に、コトラが飛び掛かってひっかいた。

 屈強な男が猫に引っかかれたくらいでどうにかなるとは思えないが、その攻撃は想像以上に強かったらしく、引っかかれた男はその場に力なく倒れこんだ。



「伊月くん、ぼうっとしない!」


 ノアに注意され、はっとする。

 いつのまにコトラがあんなに強くなっていたのかという疑問はひとまず置いておいて、俺は残りの男たちに剣を向ける。

 しかしその切っ先は小刻みに震え、なかなか一歩を踏み込むことができない。


 魔物や魔獣相手に剣をふるうことにも抵抗はあったが、人間相手だと尚更だ。

 家でも学校でも「人を傷つけてはいけない」と教えられてきたし、娘にもそう教えてきた。

 そんな俺が人に剣をふるうことができるのだろうか。



 男たちもノアの攻撃にすっかり怯んだ様子で、こちらの動向をじっと窺っている。

 そのまま、膠着状態がどのくらい続いただろうか。

 ほんの数十秒程度のようにも、数十分のようにも感じられた。


 

「無理に相手を傷つけなくてもいいんだよ。」


 俺の葛藤を感じ取ったのか、ノアが声をかける。

 その穏やかな声に、焦りでいっぱいだった俺の思考もようやく落ち着いてきた。


 ノアは、相手を傷つける必要はないといった。

 しかし彼らはリオナに危害を与えるつもりだ、放置するわけにはいかない。

 それならば、警官がするように……。



「ホールド!」



 魔力をロープ上に練り、男たちの手と足を拘束する。

 急に自由を奪われた彼らは、バランスを崩して床に倒れ込んだ。

 これで大丈夫だろうかと心配になったが、ノアが「合格。」と言ってくれたので、ほっとする。


「……ちくしょう!」


 そう苦々しく言い放った男たちが、一斉に舌を噛む。

 どうやら、失敗すると死ぬよう指示をされていたらしい。


「ちょ、まっ……!」


 慌てて制止しようとする俺の腕をノアがつかみ「ダメだよ。」と男たちに告げる。

 ふわりと花のような香りがしたかと思うと、男たちはあっという間に意識を失ってしまった。

 俺が驚いていると、ノアが「悪い子たちは眠らせておこうね。」と笑った。



「伊月くん…‥‥。」


「詩織、怪我はなかったか?」


「うん、でも怖かった。」



 泣き出しそうな顔をしている妻を安心させるため、そっと手を握る。

 その隣でリオナもまだ青白い顔をしていたが、気丈に「助けてくださって、感謝しますわ。」とお礼を告げた。

 俺は小さく頷き、「とりあえず、あなたの護衛と合流しましょう。」と提案する。


 リオナは了承し、魔法陣の描かれた小さな紙を取り出し、魔力を込める。

 すると魔法陣から小さな蝶がひらひらと現れ、どこかへ飛んで行った。



「あの蝶が、私の護衛を連れてきてくれるわ。……こんなことになったと知られたら、きっとすごく叱られてしまいますわね。」


 そういって、リオナが苦笑した。

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