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28 船旅

 俺たちが乗船したのは、中規模の貨物船だった。

 荷物の輸送がメインの船なので、客室はさほど立派なものではなかったが、ノア曰く「節約のためには仕方ない。」らしい。

 船旅自体、俺も妻も元の世界を含め初めての経験だ。

 多少船酔いの心配をしていたが、防具に付与されている「状態異常無効」の効果により、杞憂に終わった。



「風が気持ちいいね!」


 妻はご機嫌で、ずっと甲板からの景色を眺めていた。

 ゆっくりと移り変わっていく風景が物珍しいようだ。


 俺はというと、その隣で魔法の訓練を行っていた。

 魔法のセンスは、俺よりも明らかに妻のほうが高い。

 そんなわけで、細やかな魔法の調節も妻は難なくこなせるようになったが、俺はいまだに苦戦しているのだ。

 魔法の発動や身につけた魔法の数なんかは及第点をもらえているが、微細な調整に至っては「もう少しだね。」と厳しい評価しかもらえていない。

 そのため船旅の最中も、こうしてノアの監督のもと魔法の鍛錬をする羽目になったのである。


「伊月くん、ちゃんと集中して。」


 少し考え事をしているうちに、集中が切れてしまったらしい。

 水球の形をきれいな円形にキープし続ける訓練をしていたのだが、いつの間にか形が歪んでしまっている。

 慌てて形を整え、魔法の維持に神経を傾ける。

 ただ、かれこれ2時間近くこの水球を維持しているんだ。

 多少形が歪んでも見逃してほしい、とも思ってしまう。



「……伊月くん?」



 どうやらそんな俺の考えも、彼には筒抜けらしい。

 バツの悪さを感じながら、鍛錬に集中する。



 それから、どのくらいの時間が経っただろう。

 高い位置にあった太陽もだいぶ傾き、あたりが薄暗くなっている。

 妻とノアの姿も見えないが、部屋に戻ったのだろうか。


「声くらいかけてくれればいいのに……。」


 ブツブツ言いながら船内に入り、客室を目指す。

 さほど広くない船だが、扉のデザインは一律でプレートなどの目印も一切ないため、気を抜くと迷子になりそうだ。

 扉の数を一つ一つ数えながら、客室前にたどり着いた。


 万が一間違えていてはいけないから、不用意にドアを開けず、ノックをする。

 しばらく待ったが、反応はない。

 困ってドアノブに手をかけたが、鍵が掛かっていて開かなかった。


 船内を散策しているのだろうか?

 それとも、食堂にでも行ったのかもしれない。

 踵を返して、ひとまず食堂を目指すことにする。

 そんな俺の背中を、緊張した声が引き止めた。



「あ、あの……!」


 声の方を振り向くと、娘と同じ年頃と思われる少女が立っていた。

 地味な服装をしているが、使われている生地は上等そうだ。

 いいところのお嬢さんなのかもしれない。


「どうかしましたか?」


 丁寧な口調で返す。

 ノアからこの世界は身分の差が大きいと聞いていた。

 彼女がもしも本当に良家の娘だったら、言動によっては投獄の可能性もあるだろう。

 俺の口調が穏やかだったことに安堵したのか、少女は少しだけ緊張を緩めた様子だった。



「同室の子たちなら、食堂に行くと行ってましたわよ。」


「これはありがとうございます。行ってみます。」


「あの、わ、私も同行してよろしいかしら?その、食堂に行きたいのですけれど、一人では……。」


 もごもごと口ごもる少女は、どうやら食堂への行き方がわからないらしい。

 素直に助けを求められない姿を微笑ましく思いながら、彼女の提案を了承する。



 食堂への道すがら話を聞いていると、どうやら彼女は本当にお忍びで乗船している貴族令嬢らしい。

 初対面の男にそんな話をしてもいいものなのかと、よその子ながら心配になる。

 護衛はいないのかと訊ねたところ、どうやら撒いてしまったらしい。

 護衛対象のお嬢さんを見失ってしまった見知らぬ相手を不憫に思っていると、食堂の扉の前に到着した。


 食堂内では、妻とノアがお茶をしていた。

 空いたお皿がテーブルに残っているところを見ると、どうやら遅めのおやつを楽しんでいたようだ。

 妻が俺の姿を見つけて手を振ったが、俺の横の少女に目を向けて固まっている。



「やあ、伊月くん。かわいいお嬢さんといっしょなんだね。」



 茶化すようにノアがいうと、妻の頰がみるみる膨らんだ。

 口を尖らせているからどうやらおこっているらしいが、変顔をしているようにしか見えない。


 思わず笑ってしまうと、妻が「浮気はダメなんだよ!」と俺を睨みつける。



「う、浮気なんて……!」



 妻の言葉に驚いたのは、少女のようだった。

 白い頬を赤く染め、困り果てた顔をしている。



「浮気じゃないよ。詩織たちが食堂に行ったって教えてくれた、親切なお嬢さんだよ。彼女も食堂に用があるというから、いっしょに来たんだ。」


 俺の言葉に妻のほっぺはしぼみ、尖っていた唇には笑みが浮かぶ。


「……なーんだ。勘違いしてごめんね?」


 ペコリと頭を下げた妻に、少女がほっとして息を吐いた。

 妻が敬語を使わなかったことが不敬に当たらないかドキッとしたが、少女はどうやら気にしていないらしい。


「別によろしくてよ!私こそ、誤解させてしまったようでごめんなさいね。食堂への行き方がわからなかったから、案内してもらったの。」

         

 先程はあんなに口ごもっていたのに、妻を安心させようとすべて正直に話してくれている。

 貴族というと高慢なイメージもあったが、どうやら心根の優しい子のようだ。



「お姉ちゃん、お名前は?詩織は、詩織って名前だよ!」


「シオリ……。珍しいけれど、いいお名前ね。異国の方なのかしら?私はリオナ。この船の行き先の街で暮らしているのよ。」


「リオナ?」


「こらっ、呼び捨てにしない!」


 さすがに失礼すぎるだろうと慌てて注意するも、妻は何がいけなかったのかわからないようで、キョトンとしていた。

 しばらくして、「あ、リオナちゃんって言ったほうがいいね!」などというので、どう説明すればいいものか頭を抱える。

 ノアに助けを求める視線を送ったが、にこやかにスルーされてしまった。


 そんな俺たちの様子に、リオナがクスクスた笑った。



「そんなに気を使わないで頂戴。好きに呼んでくれて構わないわ。私も、シオリと呼んでいいかしら?」


「うん、リオナちゃん!」



 友だちができて嬉しいと言わんばかりの表情をしている妻に、俺は苦笑いするしかなかった。

 そのとき、厨房の奥でカタンと音がした。

 何でもない音のはずなのに、なぜか無性に引っかかって目線を向ける。

 するとノアが「……そろそろかな?」と呟いた。


 嫌な予感がして「何が……?」と訊ねる俺に、満面の笑みでノアが答える。



「次のステップは対人戦だよ。いざというときまで手助けはしないから、頑張ってね。」


 そんな言葉の真意を確かめる前に、厨房の奥から複数のイカツイ男たちが姿を現した。

 その手には、武器がしっかりと握られている。

 嘘だろ、と半ば絶望的な気持ちになりながらも、突然登場した男たちに身を固くしている妻とリオナを背に庇った。

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