233 助っ人
それからどれだけの時間が経っただろう。
長い時間ここで待っているような気がするが、実際はほんの数十分程度かもしれない。
ふと、弱々しい赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。
気のせいかと周囲を見渡すと、みんなが娘のいる部屋の扉を一斉に見ていた。
「……聞こえる、よな?」
妻に問いかけると、妻は口元を手で押さえ、コクコクと頷いた。
その後すぐに、魔力の気配を感じる。
治癒魔法が使われたのだろう。
それからしばらくすると、部屋の扉が小さく開いて、医師の助手が顔を出した。
その手には、白いふわふわのタオルに包まれた、小さな命が抱かれている。
「おめでとうございます。元気な姫様ですよ」
新生児特有の皺くちゃな顔の赤ん坊の顔を見ていると、なんだか泣きたくなってきた。
そして恐る恐る「娘は……?」と問いかける。
助手はにっこりと笑って答えた。
「ユノ様もご無事ですよ。今はまだ眠っていますが、じきに目を覚まされると思います。少し出血量が多く危ない場面もありましたが、あの方が助けてくださいましたので」
「あの方?」
「ええ。……あ、中の洗浄が済んだようなので、どうぞお入りください」
扉の中から医師が何か言う声が聞こえ、俺たちは助手に促されるまま、部屋の中に入った。
室内は清潔に保たれていて、先程まで帝王切開が行われていたとは思えない。
おそらく、洗浄魔法が使われたのだろう。
娘はまだ少し青い顔をしていたが、穏やかな顔をして眠っていた。
その頬に触れ、温かいことを確認して安堵する。
「こういうときは、僕に相談してくれてよかったのに」
ふと、聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、俺は驚いて声のした方を見る。
呆れ顔のノアが壁に寄りかかるようにして立っていて、俺はようやく先程助手の言った「あの方」がノアのことだったのだと理解した。
「来てくれたのか……」
「この子たちが知らせてくれたからね」
そう言ってノアが視線を向けた先を見ると、サミューとロズが笑いながら立っていた。
この世界の医療の発達レベルは、俺たちの世界よりも数段遅れているという。
それは魔法が発達していることにより、医療に関する研究が重要視されていないことが原因のようだ。
人間の間でも身分の高いものは治癒魔法を受けられるため、医療技術はそもそも庶民のものという認識が強いらしい。
神であれば、世界で解明されていない事柄にも精通しているのかと思っていたが、自身の世界の水準を大きく超える知識は持っていないそうだ。
一方でノアは、いろんな世界を渡り歩く中で多くの知識を身に着けている。
それは医療面でも例外ではなく、ショック状態を引き起こした娘の処置に一役買ってくれたらしい。
「今回は特例だからね」
「特例?」
「柚乃ちゃんは元々向こうの世界で生まれていたからね、特別に君たちの世界の医療レベルにあう治療までは手助けできたんだ。……それ以上はさすがにやり過ぎになっちゃうから、どうにもしてあげられなかったけど」
ノアは軽く言うが、俺たちのために無理を通してくれたのはわかった。
勢いあまって俺と妻でノアに抱きつき感謝を告げると、ノアは少し驚いていたが、やがて恥ずかしそうに笑ってくれた。
「……ん……」
そのとき、娘の身じろぐような声が聞こえたかと思うと、その瞳がゆっくりと開いた。