222 鍵
用意された朝食は絶品だった。
娘や俺たちに向けて日本人好みの味付けにしてくれているのもあるだろうが、高級ホテルの朝食を食べているかのようだ。
使われている食材はどれもこの世界のものだが、向こうの食材と大差ない。
ところどころ不思議な見た目の食材もあったが、新しい触感や味わいが楽しめてよかった。
娘によると、どうしても受け付けない食材もいくつかあるらしいが、城ではほとんど登場しないという。
城の料理人が娘の苦手なものをしっかり把握してくれているのが、なんともありがたい。
「多分、海外の人が納豆を受け付けないのと似た感じだと思う」
「癖のある食材はどうしてもな」
「あと、見た目が絶対無理なものもあるけど……」
「見た目?」
「……ここ、虫も食べるの……」
青い顔をして、娘が言う。
アリーはあっけらかんとして「おいしいんですけどね」と笑った。
俺と妻はぽかんとして、娘に激しく同意した。
虫を食べるのは、さすがに抵抗がある。
「日本でも昆虫食ってあるけど、馴染みがないしね」
「食べてみたらおいしいのかもしれないけどな……」
文化の違いの大きさを実感しつつ、俺は目の前のおいしい食事に感謝した。
食後のお茶まで済んだところで、魔王がサーシャと神を伴ってやってきた。
俺たちの見送りに来てくれたらしい。
忙しいだろうにと申し訳なく思ったが「それくらいさせてほしい」と笑って返された。
ふと見ると、神がくたびれたような顔をしていた。
もともと荒んだ顔ばかり見ていた気もするが、昨日よりもさらに元気がなさそうで気になってみていると、サーシャが「昨日、こってり絞ってやったからな」とこっそり耳打ちしてきた。
どうやら、夜通しお説教が続いたらしい。
ちなみに魔王も頭痛を隠していたことでお叱りを受けたらしいが、そちらはすぐに解放されたという。
「ところで、どうやって帰るのだ?」
興味津々といった様子で、サーシャが訊ねる。
俺がチラリとノアに視線を向けると、ノアは懐から鍵を取り出して「これを使ってみようか」と答えた。
「これまでは僕が扉を開けてきたけど、これからは君たち自身の手で扉を開けられるようになるからね。一度手順の説明をしておきたかったし。……あ、これは柚乃ちゃんの分だから、説明が終わったら渡すね」
ノアはきょろきょろと部屋を見渡して、隠し部屋の入り口にあたる扉を指さし「これにしよう」といった。
そして扉に鍵を近づける。
鍵についた宝石が煌めくと、光の筋が扉に向かって伸びた。
光の筋は扉を包み込むように広がり、やがて幾度となく目にした白い扉へと変化する。
今までノアが魔法で出していた扉によく似ている。
ひとつ違う点があるとすれば、鍵穴があることくらいだ。
「所有者が世界を渡る意思をもって鍵を扉に近づけると、魔法が発動する仕組みになっている。所有者以外は扱えないよう制限がかかっているから、悪用されることはないと思うよ」
「もしも盗まれたら?」
「一定時間が経てば、所有者のもとへ戻るから大丈夫。ちなみに、悪意を持って鍵を使おうとする人間は捕縛して、鍵に関する記憶を抹消する仕組みになってるから、脅されて無理やり鍵を使わされることもないと思う」
「……便利だな」
あまりの至れり尽くせりっぷりに思わずそう呟くと、ノアがくすっと笑った。
「それはそうだよ。世界を渡る魔法をほしがるやつなんて、星の数ほどいるからね。この鍵のせいで君たちが危険な目に遭っては、本末転倒でしょ?」
「それは……確かに」
「それでもどうしても困ったことがあれば、鍵に魔力を思い切り流してみるといい」
「流したらどうなるんだ?」
「試しにやってみるとわかるよ」
俺はノアからもらった鍵を取り出し、思い切り魔力を込める。
するとノアの胸元から、大きなアラート音が鳴り響いた。
ノアは首元からぶら下げていたネックレスを取り出し、俺たちに見せてくれた。
ネックレスに中心には水晶玉のようなものがはまっていて、そこに俺たちの姿が映っている。
「その鍵はカメラの役割もあって、僕から君たちの様子を確認することができるんだ。危ないときはすぐに助けに行くからね」
「それは助かるが……そんな危険があるかな?」
「可能性は低いと思うけど、相手が神様だと手に負えないかもしれないでしょ?」
ノアの言葉に、俺は納得して頷いた。