221 最愛
その日の夜、俺たちは家族3人で枕を並べて寝ることにした。
娘の小さかった頃を思い出して、懐かしい気分になる。
寝つきの悪かった娘は、夜になってもなかなか眠りたがらず、苦労したっけ。
絶えずおしゃべりを続ける娘に付き合って布団に入り、気づけば朝を迎えていたことも数えきれない。
甘えん坊で、ちょっとわがままで、寂しがりだった小さな娘。
赤ん坊のころは、抱っこしていないとすぐに目を覚ましてしまうので、寝不足に悩まされる日々だった。
それがいつしか、寝かしつけなくとも一人で眠るようになった。
自分の部屋を与えてからは、布団を並べることすらなくなった。
子どもの成長はうれしくもあり、親にとっては寂しいものだ。
金輪際の別れではないことは理解しつつも、まだまだ子どもだと思っていた娘と離れて暮らすことが、これほど胸を苦しめるものなのかと改めて思い知らされる。
妻も同じ気持ちなのだろう。
顔には出していなかったが、普段よりも口数が多い。
昔から妻は、寂しさを紛らわせるためにおしゃべりをする癖があるのだ。
話の内容はどれも他愛のないものだが、声のトーンにうっすらと寂しさがにじみ出ている。
「パパ、ママ」
ふと、改まるように娘が言った。
「私、パパとママの子どもに生まれて、本当によかったと思ってる。……本当はもっと、パパとママといっしょにいたかったけど……これからは、私がこの子のママとして頑張っていくから……だから……」
震える声で話す娘を、妻といっしょにそっと抱きしめた。
俺たちの腕の中でしゃっくりを上げながら、娘は続ける。
「だから、今まで……私を育ててくれて、本当にありがとうございました……っ!」
「……こちらこそ、パパとママの子どもに生まれてきてくれてありがとう」
「柚乃はいつまでも、私たちの娘よ。困ったことがあれば、いつでも私たちを頼りなさい。全力で力になるわ。ママになったからって、誰かに甘えちゃいけないわけじゃないもの。つらいときは抱え込まず、周りに助けを求めることも大切だからね」
娘は何度も頷いてくれて、俺と妻は顔を見合わせてほほ笑みあった。
この愛らしい宝物を手放すのは、なんとも名残惜しい。
それでも、子どもの自立は親として誇らしいものでもある。
「愛しているよ、柚乃」
「いつだって、私たちは柚乃の一番の味方だからね」
泣きじゃくりながらも、俺たちの目一杯の愛情に、娘は笑ってくれた。
俺たちは最愛の娘の幸せを願い、身を寄せ合うようにして眠ったのだった。
※
昨晩遅くまで話していたからか、翌朝は少し寝坊してしまった。
慌てて部屋を出ると、ノアが「おはよう」と手を振ってくる。
「もう少しゆっくりしててもよかったのに」
「いや、でももういい時間だろ」
昨夜の俺たちの様子を知ってか知らずか、ノアは穏やかなまなざしでこちらを見ていた。
俺に続いて、妻と娘も部屋から顔を出す。
娘の侍女が泣きはらした目に気付いて、慌ててタオルを濡らしてきてくれた。
そしてそのまま、妻と娘は身支度を整えるため、もう一度部屋に戻っていった。
「朝食をご用意しますね」
アリーに声を掛けられ「お願いします」と返した。
普段は隠し部屋のキッチンで用意をしていたが、今回は魔王城の厨房から運んできてくれるという。
昨夜の晩餐も、厨房の料理人が腕によりをかけて作ってくれたものだった。
アリーの用意してくれる食事も十分おいしかったが、やはりプロの腕は格別だ。
俺は朝食に期待をよせながら、ソファに腰かけた。