216 誠意
「……お前が、ユノを攫ったというは本当か?」
『……事実だ。自分の都合しか考えていなかった』
「あの子を救う手立ては、それしかないと?」
『……ああ』
素直に話し始めた神の背に、サーシャがそっと腕を回す。
そしてその胸に顔を埋めたまま「ならば共に背負おう」と言った。
「同じ状況であれば、私も同じ道を選んだはずだ。我が子をみすみす死なせる親など、親ではない」
『でも、君は罪を犯してはいない……』
「結果的にはな。だが、お前が正直に神であることを明かし、ともに生きてきていたとしたら、ユノを攫うことに私は反対しなかっただろう」
サーシャは神から身を離し、その隣に並んで立った。
そして俺と妻、娘にそれぞれ視線を向け、深々と頭を下げる。
神は戸惑いつつも、サーシャとともに頭を下げる。
「此度のこと、本当に申し訳なかった。そなたたちに多大な迷惑をかけたこと、心より謝罪する」
「そ、そんな……顔をあげてください!」
俺が慌てて言うも、サーシャは「けじめだ」と言って顔を上げなかった。
そんな両親の姿を見て、魔王が悲しげに眉を寄せた。
サーシャはそんな魔王をちらりと見て続ける。
「すべての咎は我々両親にある。勝手な願いだとは理解しているが、息子がユノとともにいることを許してくれないだろうか?……息子が生きられる環境であれば、そなたらの世界へ連れて行ってくれて構わない」
きっぱりと言い切ったその表情は凛としていたが、深い葛藤を隠しきれていなかった。
俺は妻と顔を見合わせる。
妻はこくりと頷いて、ゆっくりとサーシャの前に歩みを進めた。
そしてサーシャの肩をそっと掴み「顔を上げてください」と伝える。
ゆっくりと顔を上げたサーシャを、妻は柔らかく微笑んで見つめていた。
「あなたも戸惑っているでしょうに、ありがとうございます。私たちに、あなたを責める意思はありません。もちろん、娘にも。……ね?」
妻に問いかけられ、娘が何度も首を縦に振る。
「アークヴァルドくんは、この世界にきてからの娘を保護してくれたと言います。運命だなんだっていうことは、彼もつい先日知ったこと。そしてアークヴァルドくんは真実を知ってなお、娘の幸せを願い、元の世界へ帰れるよう取り計らってくれました」
「それは……当然のことだろう」
「それでも、実行できる人のほうが少ないでしょう。そしてそんな人だからこそ、娘は元の世界と決別することになっても、彼とこの世界で生きていくことを決めたのです」
サーシャの目が見開かれる。
しかしすぐに頭を振り「それでは筋が通らない」と答えた。
妻は否定も肯定もせず、ただ「それでも親は、子の幸せを願うものですから」と微笑んだ。
「それに、償いはすでに受けています」
「償い、とは……」
「あなたのご主人から、神の力を半分頂きました」
「……えっ!!」
驚きの声を上げたのは娘だった。
俺と妻を交互に見て、口をぽかんと開けている。
その顔にはありありと「そんなもんもらってどうするの?」と書いてあって、俺は思わず笑ってしまった。
そして妻に「それじゃ語弊があるだろ」と突っ込む。
確信犯だったのか、妻はクスクス笑いながら話を続ける。
「確かに、神の力なんて私たちには過ぎたものです。でもノアくんが、私たちに扱えるようにと、2つの鍵に神の力を込めてくれました」
「鍵?」
「ええ。私たちの世界とこの世界を繋ぐ鍵です。……もう二度と会えないと覚悟した娘との絆を繋いでくれる鍵。これがあれば、2つの世界を自由に行き来できるそうです。私たちにとって、何より嬉しい贈り物です……」
妻は、そっとサーシャの手を握る。
そしてその瞳をまっすぐ見据えた。
「どうしても償いをと仰るのであれば、どうか娘とアークヴァルドくんが幸せに暮らしていけるよう、私たちとともに見守ってあげてください。私たちが望むことは、ただそれだけです」
「……そなたらは、欲というものがないな」
ふっと表情を崩して、サーシャが笑う。
「私が同じ立場なら、相手を八つ裂きにしてもまだ足りなかっただろう。……しかし、そなたらの望みはわかった。これからの人生をかけ、償いをしていくことを誓おう」
「ありがとうございます。……でもあなた自身の幸福も損なってはいけませんよ」
「……どういう意味だ?」
「うちの娘はすごーくいい子ですから、自分のために他人が犠牲になると胸を痛めてしまうんです。娘の幸せには、愛する人の母親であるあなたの幸福も含ませているはずですから」