214 残酷な真実
「アークヴァルドくんにも、神の力が受け継がれています。しかし、大きすぎる力は彼の肉体を蝕んでいたといいます」
「……蝕む?」
「以前は、ひどい頭痛に苦しんでいたと」
「確かに、幼少期は頭痛で寝込むことも多かった。しかし成長とともに症状は治まったはずだ」
サーシャの言葉に、俺は首を横に振る。
目を見開いたサーシャが、魔王に厳しい視線を向けた。
魔王はその視線から逃れるように、顔をそらす。
それで察したのだろう。
サーシャは深々ため息をつき「……嘘だったのか」とつぶやいた。
「あなたを心配させたくなかったのでしょう」
「子が苦しんでいるのを知らずにいて平気な母親がいてたまるか……!まあ、気づかなかった私も未熟だったということだろう。……説教はあとだ。それで?」
「その身に余る力はやがて暴走し、彼は周囲を道連れに命を落とす運命にありました」
「ありました……か。今は問題が解決したとでも?」
殊勝な態度だが、サーシャの瞳には不安が垣間見える。
力のある魔族とはいえ、彼女もまた一人の母親であることに変わりはない。
「運命の相手と共いることで、力の暴走を回避することができるのです」
「運命?ずいぶんロマンチックな話だな」
半ば呆れたようにサーシャが言った。
そして娘を顎でさし「ユノがその運命の相手とやらなのか?」と問いかける。
「ええ。娘とアークヴァルドくんのように、魔力の波長が酷似している者同士をそう呼ぶそうです。互いの魔力が循環することで、余分な力を放出できるのだと聞いています」
「ふむ……理屈はわかった。つまり息子がユノと出会えたのは僥倖だったということだな」
安堵の声を漏らすサーシャに、俺は「いいえ」と短く答える。
サーシャは意味がわからないとでもいうように、首を傾げた。
「娘は、この世界の生まれではありません」
「……すまんが、意味がよく……?」
「別の世界で生まれ、生活していたところをさらわれ、この世界に連れてこられたのです。運命の相手であるアークヴァルドくんを救うため」
そこまで言ったところで、大方の事情を察したのだろう。
青い顔をして、サーシャが「まさか」とつぶやいた。
俺は胸が痛みつつも、残酷な真実をサーシャに告げる。
「娘をさらったのは、この世界の神。……アークヴァルドくんの父親です」
「だ、だが、両親もそろってここにいるではないか!」
「俺たちもこの世界の人間ではありません。さらわれた娘を追って、彼……ノアにこの世界まで連れてきてもらったんです」
サーシャはふらりとよろけ、壁にその身を預ける。
そしてその瞳を揺らしながら、思考を巡らせているようだった。
「あれは……気弱な男だった。争いを好まず、穏やかな時間を大事にする男だった……。それが誘拐を企て、実行しただと?……まさかとは思うが、到底信じられん」
「お気持ちはわかります。しかし、これはまぎれもない事実です」
サーシャは頭を抱え、うつむいてしまった。
魔王が心配そうにその肩を支える。
サーシャは訴えるようなまなざしで、魔王を見つめる。
嘘だと言ってほしいと懇願するように。
しかし魔王は眉間にしわをよせ、苦しそうに首を横に振った。
サーシャの表情に、絶望的な色が浮かぶ。
しかしサーシャは急に、自分の頬を両手でペシンと叩いた。
背筋を伸ばし、まっすぐに前を見る。
驚いた顔の魔王の手をそっとおろし、深く深呼吸をした。
そして、俺に向かって視線を向ける。
「すまない、少々動揺した。正直半信半疑ではあるが、話はそれでしまいか?」
「は、はい……」
「では、先ほど話した証拠を見せてもらおう。それからでなければ、判断はつかん」
そう言ったサーシャの瞳には、もう迷いはないように見えた。
示される証拠がどんなものであれ、受け止める覚悟を決めたのだろう。
心の底から強い女性だと思った。
ノアに視線を向けると、こくりと頷いた。
そうして俺は、サーシャを神のいる部屋の前へと促した。