212 魔王の母
「それに、ちゃんと土産も持ってきてやったぞ」
「土産って……」
得意げな顔をして魔王の母が床に手をかざすと、穴のようなものが出現した。
そしてそこに手を突っ込み、何やらガサゴソと探し物をしている。
一種の空間魔法のようなものだろうか。
なかなかお目当てのものが見つからないのか、しばらく手探りで穴の中を探っていたが、業を煮やして顔を穴に突っ込んだ。
そして「あったあった」とずるりと大きな袋を取り出す。
「これは……」
「国境付近でなにやらこそこそしていた小物だ」
「……は?」
袋の口を縛っていたひもをほどくと、中には十数人の男女が折り重なるようにしてぐったりと倒れていた。
わずかに動いていることから生きてはいるようだが、身体は傷だらけでお世辞にも無事とはいいがたい。
唖然とする魔王の隣で、娘が「あれ?」とつぶやいた。
「アーク、これ、勇者じゃない?」
「……え?」
「勇者って、おでこに聖なる文様が刻まれているんでしょ?この人のおでこに、それっぽいものがあるよ?」
「……確かに」
娘が指さしているのは、真ん中ぐらいに積まれている金髪の男だった。
おでこに鳥のような文様が浮かび上がっている。
「そういえば、勇者がどうとかほざいていたな。口ほどにもなかったが、人間にしてはいい武器を持っていた」
そう言って魔王の母が穴から長剣を取り出す。
きらびやかな装飾が施された剣は、まさに伝説の聖剣といった見た目だ。
それを見た魔王は、深々と大きなため息をついた。
そしてじっとりした目つきで自分の母親を睨みつけ、問いかける。
「ちなみに、どこから入ってこられたのです?」
「ん?上からだが?」
「……飛んできたと?」
「ああ。その方が早いだろ」
そこまで聞いて、ようやくアリーの探知に引っかかった人物が目の前の女性であることに気付いた。
短時間で起きた2つの問題が、一瞬の間にどちらも解決してしまった。
魔王は呆れたようにもう一度ため息をつき、傍に控えていた娘の侍女にアリーへの伝言を頼む。
問題は解決したから、すぐに戻るようにと。
そこに、部屋を出たままなかなか戻らない俺を心配したのか、妻がドアから顔を出した。
そして見知らぬ美女の存在に驚いて固まる。
「どうしたの、詩織ちゃん?」
続いてノアの声がして、ドアからノアも顔をのぞかせる。
「おやおや、大所帯だな」
そう魔王の母が楽しそうに笑った。
そして室内を見渡し「それで、どの子だ?」と魔王に問いかける。
魔王が首をかしげると「お前の相手だよ!」と魔王を小突いた。
「こっちの娘かと思ったが、もしやあっちの娘か?」
魔王の母が全身を舐めまわすような目つきで、娘と妻を交互に見る。
状況がわからない妻は困り顔で、娘も戸惑ったように魔王を見ていた。
「あ、あの!」
いたたまれなくなって、思わず声を上げる。
魔王の母の力強い視線が向けられ、思わずびくっとなった。
美人の眼力には、なんとも言えない迫力がある。
「あっちは俺の妻です。息子さんの恋人は、うちの娘のこの子です」
冷や汗をかきながら説明すると、魔王の母は「娘!」と目を丸くする。
「お前、うまく擬態しているが人間だろう?あの年頃の娘を持つには、若すぎやしないか?」
「……よ、よくわかりましたね」
「気配がまるで違うからな。その姿も、何らかの魔法か?」
「そんなところです」
「……ふうん、面白い。面白いと言えば、そっちも大概だな」
そう言って、魔王の母はノアを顎で指す。
ノアが異質な存在だと見抜いたのだろう。
魔王が「失礼ですよ」と諫めるも、気にせずケラケラ笑っている。