211 探知
娘と魔王も含めて、ノアが用意してくれた鍵について話をしたかったのだが、今はそれどころではないようだ。
騒動が落ち着くまで待とうと決め、魔王に「手伝うことはないか?」と問いかける。
魔王は戸惑った顔をしつつも「大丈夫だ」と答えた。
「イツキ殿も人間だし、世界が違うと言え人間同士争うことには抵抗があるだろう。それにユノも、今は大事な時期だ。そばについていてもらえると助かる」
「勇者は聖剣を持っているという話だが……」
「あれは大した代物ではない。心配は不要だ」
俺と会話をしつつも、魔王の視線は娘に向いている。
不安げな娘を安心させるかのような、温和な笑みを浮かべて。
相変わらずのかっこよさに腹が立ちつつも、男の嫉妬は醜いものなのでぐっと堪える。
そのとき、アリーが顔色を変えた。
どうした、と魔王が訊ねると「侵入者です」と苦い顔をする。
魔王城の受付嬢をしているアリーは、警備の仕事も担当しているらしい。
城内に張り巡らせるように、探知魔法を仕込んでいるそうだ。
ただ探知魔法では侵入者の有無がわかるだけで、相手の人数も強さもわからないという。
防犯カメラというより、センサーのようなものだろうか?
それにしても、大きな魔王城を包み込むほどの大きな魔法はアリーの実力の高さを示唆しているように思える。
魔王城で10位内の実力者という話も、嘘ではないようだ。
「こんなときに面倒な……。侵入場所は?」
「上空です」
「上空?飛行型の魔物か、あるいは……」
難しい顔をした魔王は、すぐに状況を確認するようアリーに指示を出す。
アリーは了承して飛び出していった。
開け放ったドアの先は静かで、少なくともこの近くでは騒ぎは起きていないらしい。
魔物であれば騒動になる気がするので、何らかの悪意を持った侵入者だという線が濃厚かもしれない。
「とにかく、侵入者をとらえるまではこの部屋から出ないように。ここがこの城で一番安全な場所だ」
「わ、わかった……」
「……もしかしたら、勇者が侵入したのかもしれない。何が起こるかわからない。今はとにかく、何よりも自分の身の安全を優先するように」
魔王は娘の肩に手を添え、まっすぐに目を見て訴える。
娘は困惑しつつも、しっかりと頷いた。
「どうした?そんなに難しい顔をして」
ふと、魔王の背後から聞きなれない声がした。
驚いて視線を向けると、不敵な笑みを浮かべた美女が魔王の背中から顔を出している。
しかし魔王は戸惑うことなく返事を返した。
「侵入者がいるようなのですが、隠れるのが得意な者かもしれず、面倒で」
「そうか、それは大変だな」
「ええ。彼女の身に何かあったらと思うと気が気ではないので、傍にいたいのですが……」
「ほかにもトラブルが?」
「ええ。国境付近で」
魔王が敬語で話をしているということは、相当身分の高い相手なのだろう。
ちらりと娘を見ると、小さく首を横に振る。
娘も知らない相手のようだ。
「手伝ってやろうか?」
「本当ですか?助かります、母上。……母上?!」
ようやく来訪者に気付いたのか、魔王が勢いよく後ろを振り返る。
魔王に母と呼ばれたその美女は、ニヤリと楽しそうに笑った。
まさか魔王の母親だったとは思わず、俺も娘も口をあんぐりと開けて美女を見る。
こんなに大きな子どもがいるとは思えないほどの若さは、魔族故か。
確か魔王の母親は、離れた土地で余生を謳歌しているとノアが言っていたはず。
だから娘も、彼女に会ったことがなかったのだろう。
「は、母上、急にどうされたのですか?」
「息子にかわいい彼女ができたと聞いてな。長年独り身を貫いていた息子を射抜いたのはどんな娘かと気になって見に来たのだ」
「それにしても突然すぎやしませんか……」
「思い立ったが吉日というだろう」
見た目とは裏腹に、ずいぶんと豪快な人らしい。
今日ふいに息子に会いに行こうと思い立ち、そのまま家を飛び出してきたという。
魔王が「先触れくらい」と咎めたが「親子間で水臭い」と一蹴されていた。