表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
233/266

210 侵攻

 ノアから与えられた予想外のご褒美に、俺も妻もぽかんとしたまま固まっていた。

 二つの世界を行き来できる力。

 そんなもの、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。

 しかしそんな人知を超える力が手に入るなんて、ありえないと思っていた。


 だから、覚悟を決めるのに苦労したのだ。

 愛する娘と金輪際会えない、そんな胸を引き裂かれるような覚悟を。

 でも、諦めなくていいとノアが言う。

 元の世界へ戻っても、娘に会えると。


 鍵は2つ。

 俺と妻がひとつ、娘がひとつ持つことで、互いに望んだタイミングで世界を行き来できるというのは、なんてありがたいのだろう。

 困ったことがあればいつでもおいで、そう娘に言ってやれることがどれだけ嬉しいことか。


 黙りこくったままの俺たちを、ノアが仕方なさそうな顔で優しく抱きしめた。

 小さい腕なのに、なんて包容力だろう。

 視界は涙でひどく歪んでいて、きっと俺は情けない顔をしているんだと思う。

 それでも嬉しくて、ただ嬉しくて、俺も妻も子どものように泣いた。


 2人とも本当に泣き虫だね、というノアの声がくすぐったい。

 俺は心底、ノアを信じてついてきてよかったと思わずにはいられなかった。







 この世界に来て、何度号泣したことか。

 年甲斐もなく醜態を晒したことを恥ずかしく思いながらも、俺は涙のあとをゴシゴシと拭った。


 そして妻と顔を見合わせて微笑み合う。

 娘にも鍵の話を早く伝えてやりたいが、向こうの話はどうなったのだろう?


 ドアを小さく開けて、居間の様子を窺う。

 娘と魔王はまだ話の最中だと思っていたが、すでに終わったのか揃ってアリーと何やら話し込んでいた。


 俺の視線に気づいた娘が、こちらを向いてぎょっとした顔をする。

 そしてすぐに駆け寄ってきた。



「パパ、大丈夫?!あいつにいじめられたの?」



 泣き腫らした顔を見て心配してくれたのだろう。

 神をあいつ呼ばわりしてもいいのか悩むところだが、被害者という立場からすると仕方ないのかもしれない。



「大丈夫。これはちょっと……別件で」


「別件?」


「あとで話すよ。……ところで、何かあったのか?」



 暗い顔をしている魔王とアリーに視線を移し、問いかける。

 談笑しているのかと思ったが、どうにも重苦しい雰囲気だ。

 ただ事ではないだろう。


 娘が顔を曇らせて「実は……」と事情を説明してくれた。


 何でも火急の伝令が届いたそうだ。

 内容は「勇者の侵攻」だという。



「勇者……ってこの世界の人間だよな?」


「そう。勇者パーティーが国の有力騎士を何人か引き連れて、魔王領に進軍してきたの。軍と言っても少数精鋭で、数は10から20程度だろうって」


「それなら、そこまで脅威にはならないんじゃないのか?」



 以前ノアに聞いた話を思い返す。

 確か勇者パーティーはそれなりに強く、下級魔族にとっては脅威的な存在だ。

 加えて最近聖剣も手にして、より力を増しているという。


 しかし力を増したからと言って、魔王軍からすると大したことはないはずだ。

 魔王はおろか、その側近にも手が出ないという話だった。



「たしかに、勇者の力自体はそこまで強くない。でも、隠密の魔法を使っているのか所在がまったく掴めなくて、気づかぬうちに攻撃を受ける者が続出しているみたい」


「……被害状況は?」


「ほとんどは軽症。かすり傷程度ね。でも子どもやお年寄りを中心に、重症者も出てる。死者はまだ出ていないけど、このままだと時間の問題かも」



 すでに高位魔族が対応に向かっているそうだが、隠密の効果が予想外に高く、勇者捜索は難航しているらしい。

 周辺地域では、被害拡大を防ぐため、力の弱いものは結界を張った建物の中に避難させているという。

 しかし姿を見せない勇者に、結界を突破する手段がないとは言い切れない。

 そのため、早急な解決に向けて話し合いをしていたのだそうだ。



「方針は決まったのか?」


「アークが出るって」


「魔王自ら?!」


「うん……。向こうの魔法レベルがわからないから、絶対見抜けるであろう自分が行くって聞かなくて」



 妻によく似た困り顔で、娘が言う。

 なんともフットワークの軽い魔王だと感心してしまった。

 一国の主が早々城を開けていいものなのかとも思ったが、魔族の国では考え方が違うのか、アリーもとくに止める素振りは見せていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ