209 ご褒美
「でも、なんで彼だけ特例なんだ?さらったのも娘ひとりだし、情状酌量の余地だってあるだろうに……」
「そうだね」
俺の問いかけに、ノアは意味深に微笑んで見せる。
そして、檻の中の神に向かってそっと手をかざした。
目を伏せた神の胸元から、白い光の玉が出てきた。
神々しく輝きを放つこれが、神の持つ力の一部なのだろうか?
そのあまりの美しさに、俺も妻も目を奪われる。
光の玉は宙に浮いたまま、ゆっくりとノアの手元にやってきた。
それを確認し、ノアはポケットから大きめの鍵をふたつ取り出した。
まるで宝箱の鍵のような、アンティークな代物だ。
持ち手部分には、くすんだ色の宝石がついている。
ノアは光の玉の半分を一つの鍵、もう半分をもう一つの鍵の宝石部分にそれぞれ吸い込ませた。
神の力を得た宝石は、琥珀色に輝き始める。
ノアはその鍵をじっと見て、納得したように頷いた。
神はその様子を見て驚いた顔をしていたが、なぜかふっと笑みを浮かべた。
なんとも満足そうでうれしそうな笑みに、俺と妻は困惑する。
神の姿は変わらないままだが、これで力が半減したのだろうか?
ノアはくるりと振り返り、にっこりと俺たちに笑いかけた。
これで一区切りがついたのかと思うと、肩の力が抜けたような感覚だ。
そうして息を吐いた俺の手のひらに、あろうことかノアが鍵のうちのひとつをそっと握らせた。
俺はぎょっとして「ちょっ!」と短く悲鳴を上げる。
「いやいや、こんなんもらっても困るし、怖いって!」
そう言って慌ててノアに鍵を返そうとすると、ノアがくすくすといたずらっぽく笑った。
そして「危ないものじゃないよ」と鍵を受け取ってくれない。
「今光の玉が入っていったじゃん!絶対やばいやつじゃん!」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと神の力を込めただけのただの鍵だよ」
「そのどこが大丈夫なんだ!怖いって!」
パニックになりながら鍵をもっておろおろする俺。
そんな俺を見ながら、同様に状況がつかめていない妻。
満足げな神。
いたずらっぽく笑うノアとサミュー。
あまりに混沌とした空間になっている。
『そんなに怖がらなくてもいいよ』
おかしそうにサミューがいい、俺の肩をそっとつかんだ。
そして『よかったね』と囁く。
頭に疑問符を浮かべたままの俺は、説明を求めてノアに視線を向けた。
「やっとね、許可が下りたんだよ」
「きょ、許可……?」
「そう。なかなか大変だったんだよ?関係各所への許可取りをずいぶん前から部下に頼んでいてね、説得に相当苦労したみたいだけど、ようやく全部のハンコがもらえたらしいんだ」
許可取りにハンコ……まるで会社のようだ。
俺がつぶやくと「似たようなもんだよ」とノアが笑う。
「それで、これは一体……」
震える手で握りしめた鍵を見つめながら問いかけると、ノアは「ご褒美だよ」と答えた。
意味がわからずノアを見ると、ノアはすごく温かなまなざしで俺と妻を見つめていた。
「今までたくさん頑張ってくれた伊月くんと詩織ちゃんへの、ご褒美」
「えっと……?」
なおも首をかしげる俺たちに、ノアが「ずっと考えていたんだ」と続ける。
「柚乃ちゃんの妊娠は予想外だったけど、伊月くんと詩織ちゃんは柚乃ちゃんをこの世界に置いていくんだろうなってわかってたんだ。ふたりとも柚乃ちゃんのことが大好きだから、柚乃ちゃんの幸せを何より優先するだろうって」
「ノア……」
「でもさ、こんなに頑張ってくれたのに、そんな結末ってあんまりでしょ?再会できたのに、このまま生涯のお別れなんて。……だから決めたんだ。柚乃ちゃんが元の世界に帰らないのなら、違う形で親子のつながりを持たせてあげようって」
そしてノアは、鍵を握ったままの俺の手をそっと握った。
「この鍵は、君たちの世界とこの世界をつなぐ鍵だよ。これがあれば、君たちはいつでも柚乃ちゃんに会いに行ける。もちろん柚乃ちゃんが困ったときに伊月くんや詩織ちゃんを頼ることだってできる。……どうかな?これで少しは、君たちの努力に報いることができると思うんだけど……」