208 判決
神の言葉に、嘘はないように思えた。
しかし妻は「約束を破ったら承知しないわよ」と忘れずにくぎを刺している。
俺も同じ気持ちで、神に厳しい視線を向た。
神は俺たちの気持ちを受け止めたうえで、確かに頷く。
それでもやはり、胸の中を渦巻く不安やさみしさは消えない。
そんな俺たちを労うように、ノアが俺と妻の背中をポンポンと叩いた。
あまりに優しい手つきで、思わず泣きそうになったが堪える。
ノアは大きく息を吸い込むと、それまでの穏やかな表情から凛とした表情に切り替えた。
そして神の前に立ち、冷たい声で言い放つ。
「無許可での異世界からの略奪および干渉等の罪により、そなたを有罪とする。罰として、神の力の半分を剥奪。異論はないな?」
『……ああ』
いきなり始まった判決の宣告に、俺と妻は戸惑いを隠せず、顔を見合わせた。
しかも神は動揺する様子は一切なく、当然のように判決を受け入れている。
「ノア……?」
恐る恐る呼びかけると、ノアはふっと表情をやわらげ、困ったように笑った。
「僕は神の世界の秩序を司る存在なんだ。今まで言えなくてごめんね」
「秩序……。裁判官みたいなものか?」
「そうだね……君たちの世界で言うと、裁判官と検察官を組み合わせたようなものかな?」
それはずいぶんと大変そうに思えるが、神の世界の秩序は緩く、それを乱すものはごく少数らしい。
そのため、ノアやその部下たちだけで十分やっていけるという。
「今回の僕らの務めは、神の間で横行している異世界転移の取り締まりだったんだ。今まで巡ってきた世界の神々にも、罪の重さに応じた罰を与えることになる。本来なら関係各所へ手続きをしなくちゃならないから、判決を下すのはもっと先になるんだけど……彼の場合は特例として、この場で罰を与える許可が下りたんだ」
ノアがほかの神々と比べても強い力を持っているのは、取り締まる側だったからなのか。
そう思うと納得できた。
しかし、この世界の神だけ特例となった理由がよくわからない。
それに、神の力を半分剥奪するという判決が重いのか軽いのかも、俺たちの感覚では予想もつかない。
「神の世界には序列っていうものがあるんだ。そしてその序列は、所持している力の大きさによって決まる。彼は上級の神で序列は高い方だったんだけど、力が半減することによって下級まで落ちることになるだろうね」
「えっと……それは大変なこと、なんだよな?」
「うん、伊月くんがよく読んでた異世界物の小説で例えるなら、国外追放は免れたけど、爵位剥奪により平民落ちって感じかな?」
「……よくわかった」
俺はそう答え、しみじみと「改めて考えると、すごい神様だったんだな」とつぶやいた。
ノアによると、上級神でもなければほかの神の管理する世界に干渉することなどできないそうだ。
それはつまり、今までの世界の神々も総じて上級の神だったということになる。
これから神の世界のパワーバランスは大きく変わるだろうね、とこぼしたノアからは哀愁を感じた。
「神の力って、取り戻せるのか?」
「不可能ではないよ。自分の世界で信仰を集めるほかにも、いくつか方法がある。でもそのどれも、長い年月がかかることだけは確かだね」
「そうか……」
ちらりと神を見ると、俺たちの視線に気づいた神は、ふっと微笑んだ。
判決には何の不服もないとでも言いたげな顔だった。