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204 幸福の形

「……やっぱりあいつ、一発殴ってくる」



 拳を握りしめて俺がいうと、娘が「待って待って!」と慌てて俺を止める。



「まだ彼には話してないし、私もノアくんに診てもらうまで確信は持てずにいたの!」


「でも……」


「それにこの世界では、種族が違うと妊娠する確率はすごく低いの。だからアークは、妊娠の可能性はまったく考えていなかったんだと思う」



 必死に言う娘に、俺は仕方なく拳の力を抜く。

 そして深い深呼吸を何度か繰り返した。


 気持ちを多少落ちつかせて、娘に質問する。



「あっちに戻って、子どもはどうするつもりだったんだ?」


「……ノアくんに聞いたら、向こうで育てても問題ないって……」


「だからひとまず戻って、あっちで育てようって?」


「……ごめん。戻る前にパパには伝えるつもりだったんだけど……」


「責めているわけじゃないよ」



 実際、元の世界に戻ってから娘の妊娠がわかっていても、俺たちはできる限りのサポートをしていただろう。

 ただ、未婚の母として生きることが娘の幸せにつながるかと問われれば、肯定できない。

 かわいい我が子との生活はかけがえのないものになるだろうが、子どもを見るたびに、もう二度と会えない彼を思って胸を痛めることになったはずだ。


 両親がそろっていれば、必ず幸せになれるとは限らない。

 家庭の形はそれぞれだ。

 それでもきっと、娘にとっては彼と三人で紡ぐ家庭が一番幸福な形なのだろう。



「妊娠に気付いたのはいつ頃だ?」


「パパたちが来る前、外交先でなんだか体調が悪くて……。忙しかったから疲れているんだと思ってたんだけど」


「うん」


「でもなんとなく、そうなんじゃないかって気がしてて。お城に戻って、落ち着いたころにアークに相談してみようって思ってたの」



 しかし帰城後すぐに、俺たちと再会し、神との諍いも相まって相談する機会を逃してしまったのだそうだ。

 城の医師の診察を受けると、結果は魔王に報告されてしまう。

 そう思うと、診察を受ける気にはなれなかったと娘が言った。

 元の世界に戻るのに、彼に余計なことを知らせてはならないと。



「余計なことって……」


「だって、負担になっちゃうから。私は人間で、力も弱いし……」


「だからって、こんな大事なことを黙って元の世界に帰ろうとしていたなんて、あんまりだろう?」



 娘はうつむきながらも「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。

 俺が「謝る相手は俺じゃない」というと、はっとして頷いた。


 正直まだ気持ちの整理はついていないし、魔王に一言言ってやりたい気持ちはある。

 それでも、彼なら娘を幸せにしてくれるだろうと思えるのも事実だ。



「ところで」



 俺はじろりと妻に視線を向ける。



「詩織は早くに気付いてただろ?」


「まあ、母親だしね」


「いつ気づいたんだ?」


「柚乃がたくさん眠るようになったころかな?」


「え、それでわかるのか?」



 ドラマなんかで妊娠に気付くタイミングのていばんといえば、吐き気がしてトイレに駆け込むシーンだろう。

 あれを想像して、妻は娘が体調を崩したときに気付いたのだと思っていた。

 しかし妻が言うには、何もつわりは吐き気や嘔吐だけではないという。

 眠りつわり、という強い眠気に見舞われるつわりもあるそうだ。



「私もそうだったから、もしかしたらと思ったの」



 そう言って笑う妻を見て、俺ははっとした。

 確かに、娘を身ごもったときの妻はよく眠っていた。

 具合が悪いからだと思っていたが、眠気が強かったせいでもあったのかと今さらながら驚く。


 つらい思いをしながらも、娘を育んでくれたことに改めて感謝する。

 しかしその反面、不満に思う気持ちもある。



「なんで気づいた時点で教えてくれなかったんだ……」


「確信が持てたら話すって言ったでしょ?」


「……言われたけど」



 むすっとした顔をすると、妻はくすくすと楽しそうに笑った。

 そして「でも残念ね」と寂しそうな顔をする。



「一度でいいから、孫を抱いてみたかったのに」


「……あと数年、ここに置いてもらうか?」


「それも魅力的だけど……向こうでお母さんが待ってるから」



 妻の言葉に「そうだな」と同意する。

 便りのないまま、俺たちの帰りを待ち続けてくれている義母を思うと、このまま長居することはできない。

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