表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/266

200 覚悟

 今後のことについて話をしようかとノアが提案したのだが、延期になった。

 娘の顔色がどんどん悪くなり、とても話ができる状態ではなかったからだ。

 神の襲撃に驚いたのだろうと妻が言い、娘を個室で休ませることになった。


 神は牢獄に投獄しておいた方がいいのではないかと魔王が言ったが、ノアの監視下が一番安全だという話になり、隠し部屋の使っていない個室に閉じ込めておくことで落ち着いた。

 神の監視は、サミューとロズが交代で行い、ノアも定期的に確認をするという。



「不安かもしれないけど、我慢してね」



 ノアが眉を下げてほほ笑んだ。

 俺は「よろしく頼む」と頭を下げる。


 神はうつむいていて表情は見えなかったが、先ほどまであふれていた殺気はすっかりなりを潜めていた。


 ノアによると、先ほどの幻の花は神の世界の植物だが、実在することは一部の神しか知らずの間では、ほとんどの神にとっては存在するかどうか怪しいと考えられているという。

 だから神は、本当にあるかわからない幻の花の捜索よりも、運命の相手である娘の確保を優先していたようだ。


 幻の花が手に入ったのであれば、娘がこの世界にとどまる必要はない。

 しかし、先ほどの娘の表情を見る限り、帰りたくない理由がほかにもあるのだろう。


 俺は深々とため息をついて、娘の部屋に視線を向けた。

 本当なら、すぐにでも元の世界に戻りたい。

 これで心配事はなくなったと言って、療養なら元の世界でいくらでもできると言って。

 娘もきっと同意してくれるだろう。

 本心をひた隠して、先ほどの下手な作り笑いを浮かべて。



「……どうしたらいいんだか」



 ぼそりとつぶやく。

 ノアが慰めるように、ポンポンと俺の背中を叩いた。



「じっくり話をするしかないんじゃない?」


「……わかってんだけどな……。話の内容を想像すると、どうにも……」



 チラリと魔王に視線を向けると、彼も娘の部屋をじっと見つめていた。

 その瞳がなんとも切なげで、胸が痛んだ。







 その日の夜、俺は娘の部屋の扉を軽くノックした。

 少し待っていると、妻がひょこっと顔を出す。



「どうしたの?」


「いや、柚乃の調子はどうかと思ってな」


「だいぶ落ち着いたみたい。顔色もずいぶんよくなったし、今はぐっすり眠っているわ」



 妻の言葉にほっとしつつも、俺はずっと口にしたくなかった質問を妻に投げかける。



「柚乃は……この世界の方がいいんだろうか?」



 妻は少し悲しそうな顔をして「どうして?」と短く返す。

 俺は「わかるだろ」と言いつつも、ぽつりぽつりと話を続ける。



「柚乃はさ、俺たちに会えて泣いて喜んでくれた。俺たちがこの世界まで娘を追ってきたことは、間違いじゃなかったんだって思った」


「……うん」


「でも、一度も帰りたいとは言わなかったんだよな……。魔王の事情のせいだけじゃない。柚乃自身が、この世界で生きることを決めているんじゃないかって思った。ただの直感じゃない。今まで何人もの転移者と出会ってきたけど、彼らのような切実な帰りたいって気持ちが、娘からは感じられないんだ」


「……うん……」



 妻は気づくと涙ぐんでいた。

 きっと俺の目にも、涙があふれているんだろう。

 妻の姿がじんわりとにじむ。



「この世界は、娘にとっていい世界なんだな」



 俺の言葉に、妻は返事をしなかった。

 小さな嗚咽が、耳に響く。


 覚悟を決めて、娘と話をしなくてはならない。

 きっとそれは、俺たちにとっては望まない結果につながるだろう。

 そんな悲しい予感が頭を支配する。



「まだまだ、そばにいてほしいんだけどな……」



 つぶやいた俺の声は、震えていた。

 妻の鼻をすする音だけが、静かな室内に響いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ