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22 はじめての異世界

 扉をくぐると、例のごとく強い光に包まれた。

 眩しさに閉じた目を開くと、うっそうと生い茂った森の中にいた。

 あたりを見渡し、妻とコトラ、少年がいることを確認する。


 ゆっくりと深呼吸し、身体を軽く動かしてみる。

 違和感はないし、もとの世界と同様に行動しても問題なさそうだ。



「伊月くん、異世界の感想はどうかな?」


 いたずらっぽい声で、少年が訊ねた。


「あまり異世界という感じはしないな。日本のどこかの森だといわれても納得できそうだ。」


「そうだよね。でも、街に出ればだいぶ印象が変わると思うよ。」


「街?」


「そう。近くにあるんだ。歩いて20分くらいかな?とりあえず行ってみようか。」


 少年に促されるまま、歩き始める。

 暗い森の雰囲気にのまれたのか、不安そうな顔をしている妻は、俺の手をぎゅっと握っている。

 コトラはそんな妻を守るように、そばを離れずついてくる。

 ちなみに抱っこしようとしたが、尻尾で手をはたかれて拒否された。


「ノアくん、この森、ずっとこんな怖いの?」


 妻が訊ねると、少年は困ったように眉を下げた。


「詩織ちゃんには怖かったね、ごめん。でも街中に転移しちゃうと、みんながびっくりしちゃうでしょ?人目につかない場所となると、こんなところしかなかったんだ。」


「……そっかぁ。」


「でもここは見た目ほど怖いところじゃないよ。出てくる魔物も弱い奴やつだけだし。」


「え!魔物が出るのか?!」


 少年の言葉に驚いて、思わず声に出す。

 どうやら俺も、この森の雰囲気と妻の恐怖心に飲まれてしまったようだ。


 背筋がぞくっと冷える感覚がした。



「ここは剣と魔法の世界だからね。魔物もいるよ。……ちなみに、魔王もね。」


「魔王……!」


「この世界に召喚された子はね、魔王討伐の役目を背負わされているんだ。自分の世界のことは自分でどうにかすべきなのに、迷惑な話だよね。」


 ほとほと呆れた様子で少年は言った。


「だから、魔王のことは伊月くんや詩織ちゃんには関係ないから、気にしなくていいよ。それにその装備、僕のお手製だからすごく丈夫なんだ。多少強い魔物が出ても、君たちには傷ひとつつけられないはずだよ。」


「少年……。」


「伊月くんには少年Aって名乗ったんだっけ?呼びにくいだろうし、これからはノアって呼んでよ。詩織ちゃんにもそう聞いたんでしょ?」


 そう言って、少年―――ノアは明るく笑った。

 あっけらかんとした様子に気が抜けたのか、妻の緊張もほどけたらしい。

 強く握られていた手はいつのまにか離され、興味深そうに周囲を探索し始めている。

 俺も多少不安が緩和されたのか、先程までの恐怖心は幾分和らいでいた。


 改めて森を見渡してみると、木々で陰っているが、木漏れ日の指す普通の森だ。

 ところどころ、花や実もなっている。

 地球の植物に似ているが、異世界特有のものなのだろうか?

 これまで花や植物に興味を持ったことがなかったから、まったくわからない。



「あ!野苺がある!」



 嬉しそうに妻が声をあげる。

 妻の視線の先には、宝石のように鮮やかな赤い実がたくさんついていた。


「毒はないから、食べてもいいよ。」


 ノアが言うと、妻はためらいなく一粒摘み、ぱくっと口にした。

 どうやら甘かったらしい。

 瞳をキラキラさせて、どんどん食べている。


 ひとしきり食べたら、次はせっせと野苺を集めていく。

 片手がいっぱいになったころ、俺とノアのもとへ駆け寄ってきて「どうぞ!」と差し出した。

 妻はおいしいものはみんなで共有したいタイプだった。

 頼んでもいないのに、自分が食べておいしかったものは必ず分け与えてくるのだ。

 

 俺としては、妻がおいしそうに食べる姿を見るだけで十分なのだが。



「くれるの?詩織ちゃんは優しいね。」


 ありがとう、とノアに褒められ、妻が誇らし気に胸を張る。

 考え込んでいるうちに、先を越されてしまった。

 俺が先に褒めたかったのに、と少し残念に思う。


「詩織、ありがとう。」


 俺もお礼をいって、一粒つまむ。

 野苺は瑞々しく、口いっぱいに甘みが広がった。

 ほどよい酸味と合わさり、さわやかな後味だ。


 おいしい、と俺が呟くと、妻は嬉しそうに目を細めた。

 いつのまにか妻に抱かれていたコトラも、夢中になって野苺を食べている。

 猫って苺を与えてもよかったか?

 そう疑問に思ったが、ノアが何も言わないところをみると問題ないのだろう。



「残りは鞄に入れておくといい。あとでおやつにできるよ。」


 ノアが妻の腰についた鞄を指さし、提案する。

 しかし、鞄はあまりにコンパクトで財布とスマホでも入れたらいっぱいになりそうな大きさだ。

 野苺を入れてしまえば、ほかのものを入れられなくなってしまう。

 それに野苺を包む袋も何もない。

 そのまま入れてしまうと、なかで潰れて鞄を汚してしまいかねないだろう。


 そんな俺の懸念を知ってか知らずか、ノアが続ける。


「その鞄は魔法の鞄でね、小さいけどたくさん物が入る仕組みになっているんだ。ついでに、鞄の中では時間が止まっているから、腐ることもない。もちろん、汚れもつかないから安心して。取り出すときは、ほしいものを頭に思い浮かべて鞄に手を入れるだけでいい。」


 ……なんて便利な。

 本当にファンタジー世界そのものなのだと感心する。


「中に何が入ってるか確認したいときは、リストを見ることもできる。最低限の生活用品は入っているから、確認してごらん。リストを見たいと思いながら鞄に触れるだけだから、簡単だよ。」


 言われるがまま鞄に触れると、目の前にゲームの画面のようなものが表示される。

 そこには「アイテム一覧」として持ち物とその数量が箇条書きされていた。


「すごっ……!」


 圧倒され、思わず声が漏れる。

 そんな俺の様子に、「なになに?どうしたの?何がすごいの?」と妻が不思議そうな顔を向けた。


「そのリストは持ち主にしか見えないから、人目を気にせず使えるよ。」


 なるほど、だから妻には俺が何もないところで驚いているように見えたのか。

 妻にも鞄の扱い方を教えると、楽しげに鞄に触れたり、物の出し入れをしたりしている。

 ひとしきり遊んで満足したのか、次は熱心に妻は野苺の実をたっぷり鞄に詰め込んでいる。


 十分な実が採れたところで、ノアが声をかけた。


「それじゃあ、そろそろ行こうか。あと少しで街が見えてくるよ。」



 足を進めるノアのあとを追い、俺たちは街を目指して再び歩き始めた。

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