190 神の子
「ちょっと待ってくれ!」
魔王が叫ぶ。
「おれ……我は、神と面識などないぞ?」
「俺でいいよ。重い話になるし、楽に話そう」
「……だが……」
魔王は困惑していた顔をしていたが、しばらく悩んで「わかった」と答えた。
今までの大仰な話し方は、魔王らしく振舞うためのものだったらしい。
魔王も普段は「俺」なんて使うのだと、なんだか不思議に思う。
「父親に会ったことは?」
「……幼少期はともに暮らしていた」
「それ以降の父親については?」
「亡くなったと聞かされている」
人間と魔族では、寿命が大きく異なる。
おそらく人間の寿命が尽きるころ、死を偽装して世界を脱したのだろうとノアが言う。
母親は魔族だったため、成人するころまでともに過ごしたそうだ。
今は離れた土地で余生を謳歌しているため、年に数回会う程度だが健在らしい。
「魔王くん。いや……アークヴァルドくん。君は魔族の身体に神の力を宿して生まれた。魔族の肉体は人のそれより格段に強いとはいえ、神の力をおさめる器としては弱い。今まで身体に不調をきたしてきたんじゃないかな?」
「……子どものころから頭痛がひどい。魔力量が強すぎるためだと医師に診断されたが」
「魔力と神力は似たようなものだからね。大きすぎる力の影響が、頭痛として出ていたんだろう」
「しかし……」
「今は改善してる?」
ノアの言葉に、魔王が頷いた。
娘がこの世界に現れたころから、頭痛をほとんど感じなくなったそうだ。
その言葉に、俺は無性に嫌な予感を覚えた。
そしてその予感は、続くノアの言葉によって肯定されることになる。
「器に収まりきらない力を放出することは難しい。だから、神が自分の想像した世界の生き物と子を成すことは禁忌とされているんだ。いずれ力を暴走させて、周囲に大きな被害をもたらして死んでしまう運命だから」
「……っ!」
「それを防ぐ方法はただ一つ。運命の相手に出会うことだけ」
「まさか……」
「そう。魔王の運命の相手が柚乃ちゃんなんだ。だから、柚乃ちゃんと出会うことで頭痛がなくなったんだと思う」
運命の相手とは、自分と魔力の波長が酷似している存在のことだという。
ともに過ごすと互いの魔力が循環し、不要な分は大気に分散され、不足分を補いあうこともできるそうだ。
つまり、娘とともにいるだけで、魔王は有り余る力を自然と放出し、器にあった力だけを身にとどめることができる。
それにより、力の暴走も防ぐことができる。
周囲を巻き込むことも、自身が命を落とすこともなくなる。
そこまで聞いて、俺は神の気持ちが理解できてしまった。
そして立場が変われば、自分も同じ手段をとってしまったかもしれないとさえ思う。
「……つまり神は、息子を守るために娘を欲しているということか?」
俺の言葉に、ノアは悲しそうに頷いた。
しかし、それでもまだ疑問は残る。
「神の力を持つ魔王と普通の人間である娘の波長が酷似しているなんてこと、ありうるのか?」
「波長と魔力の種類はまったくの別物だからね。運命の相手の種族が異なるのは、よくあることだよ」
「……でも、娘は異世界の人間だ。運命の相手が世界をまたいで生まれるものなのか?」
ノアは首を振って否定する。
安堵したかったが、ノアの表情を見ていると不安が掻き立てられる。
「基本的に、運命の相手は同じ世界に存在するものだよ。……でも、柚乃ちゃんは特別だから」
「……特別?」
娘がおびえた顔をして、じっとノアを見つめる。
その肩を支える妻も、同じ顔をしていた。
ノアは眉間にしわを寄せ、絞り出すように言った。
「……柚乃ちゃんは、もともとこの世界に生まれるはずだったんだよ」
どこかで予想していたはずの言葉だったのに、実際聞かされると頭を殴られたような衝撃がある。
俺は震える拳を握りしめたまま、うつむくことしかできなかった。