180 密談
魔王が宙に手をかざすと、倉庫の中心に似つかわしくない、格式高いテーブルセットが現れた。
テーブルの上には、ご丁寧にティーセットまで用意されている。
ティーポットがふわふわと宙を舞い、ティーカップにお茶を注ぐ。
そして各席にお茶が配られた。
「次は何も入ってないのかな?」
ちょっと意地悪く、ノアが問う。
魔王は動じず「安心していい」と返した。
念のためノアをチラリとみると、大丈夫だというように頷いた。
害はないという意味だろう。
ガゼボに用意されていたお茶は、俺とノアと妻の3人分だった。
しかし今テーブルに並んでいるお茶は、6人分。
魔王の分を加えても2人分あまりが出るということは、やはり魔王は俺たちだけでなくサミューとロズも認識しているようだ。
促されるまま、俺たちは席に着いた。
はじめに静寂を破ったのは、ノアだった。
「どうして僕らを攫ったの?」
魔王はじろりとこちらを睨みつけ「貴様らが人の寝室に忍び込もうとしたからだ」と答えた。
娘が目撃した不審者は勘違いだということで落ち着いたと聞いていたが、魔王はその正体が俺たちのうちの誰かだと確信していたらしい。
ノアも「よくわかったね」と感心している。
しかし魔王はそっけなく「当たり前だ」と返した。
「痕跡を残していただろう。それを辿れば、容易なことだ」
「痕跡?」
「ああ。そこにいる者の魔力の残滓が残っていた」
魔王がそう言って、サミューを指さす。
魔王をおびき寄せるためにわざと痕跡を残したのかと思ったが、思い切り目をそらしているところを見るに、意図して残したわけではないらしい。
ノアが「ふうん」と言いながら、サミューに視線を向ける。
微笑んではいるが、目が笑っていない。
あとできついお説教が待っているのだろうと思うと、サミューに同情せずにはいられなかった。
「でもさ、直接君が来ることはなかったんじゃない?部下に任せることもできたでしょ」
「馬鹿を言うな。ユノを除き、我以外認識できないものを相手にどう対処させるというのだ」
魔王の発した「ユノ」という言葉に、ピクリを眉を動かす。
いくら保護した相手とは言え、ずいぶんと気安い呼び方にムッとした。
長い黒髪に、太くいかつい2本の角。
魔王というと恐ろしい見た目を想像するが、目の前の男は嫌味なほど整った顔立ちをしている。
「ユノの関係者という話だが、本当なのか?」
訝し気な視線を向ける魔王に、俺はかぶせ気味に「親だ」と答えた。
思ったよりも不機嫌な声が出たことに、自分で驚く。
妻だけでなく、サミューとロズも戸惑った顔をしていて、ノアだけが苦笑していた。
「親?」
俺を上から下までじろっと眺めてから、魔王が鼻で笑う。
「どうせならもっとましな嘘をつくんだな」
「……は?」
「ユノは人間だ。人間は年齢で見た目が変化するだろう。お前は、ユノの親にしては若すぎる」
もっともな意見だが、どうにも感情が昂っているようで、魔王の言葉にどうしようもなく腹が立った。
俺は魔王を睨みつけながら、異世界へ渡るときに若返ったのだと説明した。
しかし魔王は一切信じていないようで、俺からノアに視線を切り替え、話を続ける。
「それで、本当は何者なのだ?」
俺は怒鳴りつけたくなるのをぐっとこらえて、ノアを見た。
ノアは仕方なさそうに頷く。
「あのね、本当にそこにいる伊月くんは、柚乃ちゃんのお父さんだよ。ちなみに、こっちの詩織ちゃんは柚乃ちゃんのお母さん」
「いつまでそんな茶番に……」
「茶番じゃないよ。僕にはそれができる。君になら、わかるでしょ?」
ノアは微笑んだまま、でも凄みのある声で言った。
魔王はぐっと押し黙り「わかった」と返した。
「……では、確かめよう。ユノの姿を見たことのある者は多数いるが、その情報のほとんどは秘匿されている。我も、両親の名は聞いたことがない。イツキとシオリだったか……。その名に覚えがあるか、ユノに確認することにしよう」
「名前だけでいいのか?住所や電話番号なんかも確認したほうがいいんじゃないか?」
「……ああ。だが住所はわかるが、デンワバンゴウとは一体なんだ?」
「あ……っと、元の世界の通信手段のひとつだ」
ここは異世界だというのに、思わず日本の本人確認のつもりで話してしまったことを反省する。
魔王は少し考える素振りを見せたあと、小さな声で「おい」と何者かに呼びかけた。
すると誰もいなかったはずの倉庫の隅から、全身黒ずくめの男が姿を現した。