179 首謀者
うっすらと薄目を開けると、そこは倉庫のような場所だった。
ガゼボで倒れた俺たちは、複数の男の手によって、庭園の端にあるこの場所に連れてこられた。
用意されていたお茶には、眠り薬が使われていたのだ。
ただ毒や薬の類は、装備の効果で俺たちには効かない。
あえて相手の罠に乗っかることで、油断を誘う作戦なのだという。
しかし薬の種類によっては、装備の効果で抑えられない可能性がある。
だからノアは、俺がお茶を飲む前に一度制止し、安全性を確かめていたという。
倒れたふりを続けるのは大変だったが、逐一サミューが状況を伝えてくれるので、不安はなかった。
コトラはあのガゼボに放置されたそうだが、サミューによると距離を取ってついてきているらしい。
「本当にこいつらで合ってんのか?」
「男のガキが2人と女のガキが一人、あと黒い猫だろ?ほかにこんな組み合わせいないだろ」
「で、これからどうするんだ?こいつら殺すんなら、とっとと済ませようぜ」
「いや、攫ったあとは手を出すなどのご命令だ。指示があるまで、余計なことはするな」
複数の男たちの話し声が聞こえる。
狭い倉庫の中には、俺たちのほかに4人の男たちがいるようだ。
ただ話を聞く限り、首謀者はまだ姿を見せていないらしい。
俺たちは気を失ったふりを続けながら、彼らに命令を下したというやつを待っている。
そのとき、ドアの軋む音が聞こえた。
男たちは会話を止め、入ってきた人物に頭を下げる。
そして男たちはそのまま、室内を出て行った。
男たちが出ていったあと、その人は静かに俺たちの周りを一周した。
そして冷たい声で「下手な芝居はやめるんだな」と告げる。
声の低さからして男なのは確実だが、年齢が読めない声質だ。
「眠ってなどいないだろう。さっさと起き上がれ」
相手が本当に確信をもって話をしているのかがわからず、そのまま寝たふりを続ける。
サミューが何も言わず、じっと押し黙っているということはこれが正解なのだろう。
「命が惜しくはないのか?」
「……そういう君こそ、そういう態度でいいのかな?」
返事を返したのは、ノアだった。
男が「は?」と不機嫌そうに返す。
「この子たちが誰なのか、知らないんでしょ?」
「……知らないから、直々に尋ねに来たのだ」
「ひとつ言うなら、僕らは別に君たちに危害を加えるつもりはないよ」
「人の寝室に忍び込もうとしておいて、何をいう」
その言葉に、思わず目を開く。
俺はてっきり、首謀者は神なのだと思っていた。
しかしそれは誤解だったらしい。
「この魔王自ら出向いてやったのだ。安易なごまかしはいらん」
まさか魔王が薬を盛ってくるとは。
どこまでが仕組まれていたことなのかと、苦々しく思う。
お茶を用意されたときからか、それともアリーが庭園へ誘ったころから相手の作戦が始まっていたのか。
ただ、今のところ魔王からは強い悪意は感じない。
しかしそれならば、薬などという回りくどい方法を選ばず、直接会いにくればいいものを。
そう思わずにいられなかった。
魔王は冷静に、俺たちを見定めるような視線を向けていた。
しかし、その目が不意に丸くなった。
視線の先には、妻の姿がある。
「……ユノ……?」
驚きと戸惑いの混じった声だった。
見間違うのも無理はない。
若返った妻の姿は、娘によく似ている。
呆然としている魔王に、ノアが言った。
「初めまして、魔王くん。僕らは柚乃ちゃんの関係者なんだけど、ちょっとお話いいかな?」
魔王はノアの言葉に「わかった」と頷いた。
さすが王の風格というのだろうか、すでにその瞳から動揺はすっかり消え失せていた。