172 忠告
案内されたのは、3階にある使用人の居住空間にある四人部屋だった。
清潔な室内は、急な来客にも関わらずきれいに整えられている。
室内には2段ベッドが2台と机、ミニキッチン、トイレやシャワールームまで完備されている。
少女は「狭いところで申し訳ありません」と言ったが、ビジネスホテルなんかと比べると十分すぎる広さだ。
さらに食堂や大浴場も利用していいらしい。
ただ狙われている状況下で部屋の外に出るのが怖いようなら、部屋まで食事を運んでくれるという。
申し出はありがたいが、そこまで迷惑をかけるのも申し訳ない。
断ろうかと思ったが、俺が口を開くよりも先にノアが「お願いするよ」と返事をしていた。
少女は快く了承し「それでは朝昼晩と、おやつの時間に伺いますね」と笑った。
まさかおやつまで出るとは、すごいな魔王城。
俺が感心していると、横で妻が「おやつ……」と呟きながら目を輝かせていた。
「魔王様とのご面会までは、このくらいしかお手伝いできなくて申し訳ありません……。魔王様の許可が出たらより多くのサポートが可能になるケースもございます。ぜひ相談されてみてくださいね」
少女はそう言い、困ったことがあれば近くの使用人に申し付けてほしいと言った。
何でもというわけではないが、内容によっては手助けしてもらえるかもしれないようだ。
それから最後に、真面目な顔で忠告をする。
「城内はあらかたご自由に出歩いて頂いて構いません。ただし、魔王様やユノ様のお部屋には近づかれませんように」
「おふたりのお部屋はどこに?うっかり迷い込んでしまったら……」
「大丈夫です。おふたりのお部屋は結界で仕切られていますので、一目でわかるはずです。結界に触れても弾かれるだけで怪我をすることもありませんよ。ただし、無理に結界を破壊しようとしたり侵入を試みようとしたりすると拘束魔法が発動いたしますので、ご注意を」
ちなみにこの結界は、娘を守るために設置されたという。
それ以前は誰でも魔王の居室に侵入可能だったというのだから驚きだ。
さすがは、弱肉強食の世界というべきか。
俺たちが了承したのを見届けると、少女はメイド服のスカートを摘んできれいな礼をしてみせた。
そして顔を上げて、にっこりと笑顔を見せる。
「ご挨拶がずいぶん遅れてしまいましたが、私はアリエラと申します。お気軽にアリーとお呼びください。ノア様、イツキ様、シオリ様、コトラ様。皆様のお世話は私の管轄となっておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
どうして名前を知っているのかと思ったが、ノアが面会希望の書類を提出していたことを思い出した。
そこに記入した名前を記憶していたのだろう。
優秀な受付嬢だ。
「もしまた襲撃がございましたら、すぐに駆けつけますのでご安心くださいませ。これでも私、この城で10番以内に入る程度には強いんですよ」
可憐に笑う少女の姿からは想像がつかないが、おそらくアリーの言っていることは真実だろう。
初めて会ったときから、彼女がただ者ではないことは気配でわかっていた。
今日の夕飯はどうするかと訊ねられたので、もう済ませたと答える。
アリーは頷き「ではまた明日、ご朝食をお持ちいたしますね」と言い、部屋をあとにした。
アリーの足音が遠ざかるのを確認してから、俺は小声でノアに問いかける。
「これからどうするんだ?魔王のところに忍び込むのか?」
「いや、それはリスクが高いかな。この城には多くの高位魔族が集まっている。さっきの子も、結構な実力者だったしね」
「でも、勝てない相手じゃない」
俺がそう言うと、ノアは頷いた。
「そうだね。強行突破するだけなら、伊月くんひとりでも十分だと思う。でも相手の警戒を高めるのは望ましくないかな。柚乃ちゃんを隠される可能性がある」
「隠されると、見つけるのは難しいか?」
「……相手が魔王になるとね。彼の力は別格だから」