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168 敬語

 ロズとサミューの姿は、俺たちにしか見えないらしい。

 実体のない襲撃に備えるためには、こちら側も実体をもたない方が対処しやすいのだという。

 ただ、触れようと意識したものには触れられるというので、何かと便利そうだ。

 高位の魔族の一部には存在を悟られる可能性もあるが、姿をはっきり視認できる可能性があるのは魔王や転移者である娘くらいだろうとノアはいう。


 護衛は四六時中で、風呂やトイレにまでついてくるというので全力で拒否したが、どこで隙を突かれるかわからないから万全を期したいと説得された。

 ただ、どうしても捨てられない羞恥心というものがある。

 何とか頼み込んで、トイレだけは扉の前で待っててもらえることになった。



『伊月くん、背中流してあげようか?』



 サミューがふざけて言うと、ノアが「あ、僕もやりたい」なんて乗っかる。

 俺がまた全力で断ると、室内は明るい笑い声で満たされた。







 それから数日は、何事もなく穏やかな時間を過ごした。

 退屈しのぎにとノアが買ってきてくれた本を読んだり、ボードゲームを楽しんだりして、妻も楽しそうにしている。


 もしもに備えて鍛錬を続けたほうがいいのではないかと思ったが、ノアに却下された。

 今までめぐってきた世界の中で、この魔王領が一番魔法が発展している国だから、魔法を使うと素性を見抜かれてしまう可能性があるという。

 それでもせめて身体がなまらないようにと、室内での筋トレだけは毎日続けている。


 もともと運動習慣のなかった俺だが、異世界へ来てからこうしてトレーニングするのが日課になっていて、まったく苦にならない。

 元の世界に戻って元の年齢に戻ったら、こんな風に体を動せなくなるんだろうと思うと、筋トレできること自体が貴重な体験のようにさえ思えてくる。


 ……元の世界に戻っても鍛えていればいいんだろうけど、年齢が年齢だから結果が出るまで時間がかかるだろうと思うと気が重い。

 ただそこまで考えて、もう元の世界に戻ったあとのことに思考を巡らせている自分に驚いた。

 そして改めて自分を律する。


 まだ娘のいる世界に来ただけだ。

 娘に会えたわけでも、いっしょ帰れたわけでもない。

 油断しないようにしなくては。



 それから俺たちは、眠りにつくたび何度も悪夢にうなされた。

 長い夜の時間、不規則なタイミングで神が干渉しようとしてくるそうだ。

 ただ悪夢を見るとわかっていてもさほど恐れずにいられるのは、サミューとロズがすぐに助けに来てくれるとわかっているからだった。

 夢の中の怖いものはすべて、護衛である彼らが切り捨ててくれるので、俺たちはその後穏やかに眠ることができるのだ。



『なあ、伊月くん』


「なんでしょう?」



 夢の中に現れたおどろおどろしい怪物を軽々倒したあと、サミューがぽつりと訊ねた。



『なんで俺とロズには、ずっと敬語なのかな?』


「え、だって……お二人ともすごい方ですし」


『それは……悪い気はしないけど?でもさ、よく考えてくれよ。俺たちの主人は誰だかわかるか?』


「ノア……ですね」


『そう。それで伊月くん、俺たちの主人に敬語は使うかな?』


「使ってないですね……。あ、使った方がいいって話ですか?」



 だいぶ今更な気がするが、俺が敬語を使わないことでサミューやロズは主人が軽んじられているように感じているのかもしれないと反省する。

 今になって話し方を変えるのも違和感があるが、護衛に徹してくれている2人には心から感謝しているので、そのくらいの要望は叶えてあげたい。


 そう心に決めたところで『絶対にやめてくれ』と懇願された。

 俺が首をかしげると『そんなことしたら数百年は根に持たれる』と言われた。



『俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、俺やロズにももっと気楽に話してほしいってことだよ』


「あ、でもそれは……」


『せっかく一緒にいるんだから、少しは仲良くなりたいんだ。あと主人を差し置いて自分たちだけ敬語を使われてるの、ちょっと気まずいっていうかさ……』



 そう言ってがっくりとうなだれたサミューには、ちょっとだけ哀愁が漂っていた。

 俺は戸惑いつつも笑って「わかったよ」と答えた。

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