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特別編(22)追憶

 次の帰還者が現れたのは、それからまもなくのことだった。


 川西由佳里は、中学校に入学した年の夏に行方不明になっていた女子中学生だ。

 家族旅行中に忽然と姿を消した由佳里のことは、大手メディアでも大きく取り上げられていた。

 一度異世界から両親に連絡がきたという点で、佐々木の中ではとくに興味深い転移者の一人だった。


 そんな由佳里が、異世界転移被害者の会の会合場所に急に姿を現したのだ。

 そしてそんな彼女の口から伊月の名前が出て、ようやく佐々木は観念した。

 伊月は本当に異世界へ行ったのだと、受け入れることに決めたのだ。

 そしてそれは、無力な自分をより実感させられることと同義だった。


 それと同時に、心の中に薄暗い願いが宿る。

 伊月が娘を救うために異世界へ向かったことを知っていながら、娘のもとにはまだ行かないでほしいという願いだ。

 娘のもとに行く前に、弟の蓮を助けてほしい。

 そんなことを考える自分に嫌気がさしながらも、このまま伊月が娘を連れて帰還したところで、素直に祝福できないだろうことは確かだった。


 そしてハッとした。

 それこそが、ほかの誰でもない伊月が選ばれた理由なのではないかと。



 正直腕っぷしや喧嘩強さなんかから考えると、異世界へ行くのは佐々木や大和の方が順当だろう。

 しかし自分の大切な人を差し置いて、他人を救うことに注力できるかといえば、難しいかもしれないと佐々木は思えた。


 伊月の強さは、その心だ。

 佐々木はそう考えて、納得する。


 伊月とは数えるほどしか面識はないが、それでも誠実な人柄は把握できた。

 加えて、帰還者たちの話を聞く限り、彼は一人一人の転移者に真摯に向き合っている。

 娘を救うための手段としてだけでなく、心の底から他人を思いやる心を持っているのだ。



「……俺には、できない」



 ぽつりと佐々木が呟く。

 自分ならきっと、大切な人を守るためなら他人を犠牲にすることも厭わないだろう。



 またしばらくして、勇司が妹の転生した異世界へ旅立つときいたとき、佐々木は胸が締め付けられるような気持ちになった。

 また蓮じゃなかった、という失望感。

 そしてどこか弟に似ている勇司が幸せになれるのだ、という喜び。

 ごちゃまぜの感情に心をかき乱されながらも、佐々木は笑って勇司を送り出すことができた。



 勇司と別れた佐々木は、久しぶりに実家に足を運んだ。

 突然の来訪に驚きつつも、佐々木の母は歓迎してくれた。


 こじんまりとした一軒家に足を踏み入れると、懐かしい匂いがした。

 佐々木が物心つく頃に建てられた家は、母の手によって丁寧に手入れされている。

 部屋のあちこちに佐々木や蓮の子どものころの写真がいくつも飾られていて、佐々木はその中の一つの写真立てを手に取った。


 幼い佐々木を肩車する父と、母に抱かれた満面の笑みの蓮。

 数少ない家族全員が揃った写真を見て、寂し気に佐々木は微笑む。


 佐々木の父は、佐々木が小学校に入学したばかりのころに病で命を落とした。

 心筋梗塞だった。

 健康にはまったく問題のない人だったから、家族にとってはまさに青天の霹靂だった。


 それからは母が父に代わり、家計を支えるため働きに出ることになり、弟の蓮のお世話は自然と佐々木の役目になった。

 母は苦労をかけていることを何度も佐々木に謝ったが、佐々木は自分を慕う弟が可愛かったこともあり、さほど苦痛には感じなかった。

 何より、自分たちを育てるために母が何倍も苦労していることを理解していたし、金銭的な援助は難しくとも支えてくれる親戚だっていた。



「夕飯、食べていくの?」



 そう訊ねる母に「うん」と小さく返事をする。

 パタパタと台所へ向かう母の背中は、見るたびに小さくなっているように佐々木には感じられた。


 蓮の行方がわからなくなってから、母はずいぶんと老け込んでしまった。

 佐々木には見せないが、陰では何度も涙を流していることだろう。

 それでも母は、自分よりも佐々木の心配をしていた。

 異世界転移被害者の会などという母からすると怪しい団体を立ち上げたときは、何度も心療内科にかかってはどうかと説得されたものだ。

 今では、それで気が済むのであればと黙認されているが。


 佐々木はゆっくり階段を上り、すぐ近くの部屋の扉を開いた。

 蓮の部屋だ。

 こざっぱりとした室内は掃除が行き届いていて、空気も埃っぽくない。

 いつ蓮が戻ってきてもいいようにと、母が定期的に掃除しているのだろう。


 佐々木は鞄から漫画を一冊取り出し、本棚に入れる。

 蓮が昔から読んでいる作品の最新刊だ。

 コンビニに新刊が並んでいるのを見るたびに、蓮を思い出してつい手に取ってしまう。



「……早く帰ってこないと、本棚いっぱいになっちまうぞ」



 ぼそりと呟いた声に、返事はもちろんない。

 佐々木は自分を呼ぶ母の声に返事を返しながら、そっと踵を返した。

 その視界がうっすら滲んでいることには、気づかないふりをして。

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