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特別編(20)崩壊した日常

 3つ下の弟の蓮を、佐々木は昔からよく可愛がっていた。


 そのくらいの年の差なら喧嘩をすることも多いものだが、佐々木兄弟に関しては例外だった。

 佐々木は自分を慕う弟が可愛くて仕方がなかったし、蓮は兄に憧れて反発することはなかった。

 意見が衝突しそうになったら、大概の場合お互いが譲り合い、結果遠慮する弟の望みをかなえる形で佐々木が決着させることがほとんどだった。


 蓮は昔からよく泣き、やんちゃなところはあるが、人を思いやる心を持つ優しい子どもだった。

 だから斎藤だけでなく、斎藤の友人たちからも素直に受け入れられていた。


 そんな平和な日常が崩れ去ったのは、蓮が桜吹雪の中から伸びてきた腕に引き込まれるように姿を消したときだった。

 ともにその瞬間を目撃した友人たちといっしょに、佐々木は消えた蓮を探し回った。

 しかしどこを探しても見つからない。

 そもそも、蓮がいなくなったのは、見晴らしのいい開けた場所だった。

 どこにも複数の人間が隠れられる場所などない。


 当時は花見の最中で酒も入っていたことから、酔って見間違えたんだろうと思った。

 友人たちも同意見だった。

 しかしどれだけ探しても蓮が見つからず、連絡もつかない状態が続くにつれ、不安はどんどん大きくなっていった。



 異世界転移。

 その可能性を最初に口にしたのは、佐々木の友人の一人だった。


 佐々木をはじめ、最初はだれも「ふざけている場合じゃないだろ」と相手にしなかった。

 しかし当時仲間の一人が撮っていた動画に、確かにそこにいたはずの蓮の姿が一切映っていなかったことをきっかけに「まさか」という思いが佐々木の中で膨らんでいった。


 


 蓮の行方がわからなくなってからすぐに、母親とともに警察に相談にいった。

 しかし警察は「ただの家出だろう」とまともに取り合ってはくれなかった。

 やんちゃ盛りの蓮は、確かに品行方正とは言えなかったし、友だちと夜遊びに繰り出すこともあった。

 ただ、連絡もせずに家を空けたことは一度もない。

 佐々木は警察でそう何度も訴えたが、結局「そのうち連絡がくるでしょう」と様子を見るよう勧められるだけだった。



 蓮がいなくなってしばらくの間、佐々木は聞き込みなどを通して地道な捜索を続けていた。

 蓮の交友関係を当たったり、SNSなどで情報を探ったりしてみたが、手掛かり一つ得られなかった。


 そんな中で、どんどん膨らみ続けたのが「異世界転移」という言葉だった。

 家出する理由もなく、事件や事故に巻き込まれた痕跡も見当たらない蓮。

 そして酒に酔っていたとはいえ、あの日確かに見た蓮が攫われる瞬間。


 もしかして、という疑いは次第に確信へと変わっていった。

 それからまもなくして、佐々木は異世界転移被害者の会の立ち上げを決めたのだ。

 仮に蓮が異世界転移したのであれば、同じような被害者がいる可能性がある。

 同じ被害に遭った家族なら、蓮行方を追うための手掛かりとなる情報を持っているかもしれないと佐々木は思った。


 そんな佐々木を、母親や友人たちはひどく心配した。

 蓮が見つからないから、心を壊したのだと思ったのだろう。

 怪しげな会を立ち上げるのではなく、少し療養したらどうかと提案された。

 蓮の行方は、友人たちが協力して探し続けるからと。

 しかし佐々木は首を縦にはふらず、被害者の会の活動に没頭していった。


 異世界転移というワードの物珍しさからか、ホームページやSNSを通じて情報を求める佐々木のもとには多くの反響が寄せられた。

 しかしそのほとんどは冷やかしや批判で、まともに話を取り合ってくれるものは少数だった。

 ときには怪しげな宗教団体や自称霊能者、オカルト雑誌の記者なんかから連絡がくることもあった。


 それでもたまに、本当の異世界転移被害者家族だと思われる者からのコンタクトがあった。

 佐々木は一人一人からじっくりと話を聞き、信頼できるものだけを会員として認め、定期的に開催する被害者の会の会合に招待した。

 そうして少しずつ会員は増えていったが、転移の場所やきっかけ、方法なんかはてんでバラバラで、蓮の行方を追う手掛かりを得ることはできずにいた。



 やるせなさともどかしさに押しつぶされそうな日々の中、異世界転移被害者家族として佐々木にコンタクトを取ってきたのが、瀬野伊月という男だった。

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