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155 そっけなくても

 子どもたちと別れを告げた俺たちは、時間をおいてオートラック王国に戻った。

 万が一トラブルになった際、子どもたちを巻き込まないようにと斎藤が提案してくれたのだ。

 幸い何事もなく、国境を超えることができた。



 移動には、行きにも利用した列車を使うことにした。

 駅員には再び怪しむような視線を向けられたが、とくに何かを追及されることもなく乗車できた。


 ユミュリエール教国では列車は整備されていないらしく「この世界にも列車があったんだ!」と奈央が目を輝かせている。

 そんな奈央に対して、自慢げに蓮とラウル、妻が列車内を案内すると連れだって行ってしまった。

 俺もついていこうとしたが「大丈夫」と丁重に断られてしまい、少し切ない。


 仕方なく部屋の中でコトラに構おうと、以前ノアが使っていたおもちゃを振ってみる。

 しかしコトラはおもちゃを一瞥しただけで、遊んでくれる気は一切なさそうだ。



「コトラ、お前……奈央さんや斎藤さんには懐いてるの、知ってるんだぞ……。俺のいないところで遊んでもらったり、膝に乗ったりしてるだろ」



 恨みがましくそう訴えてみたが、完全に無視されている。

 ため息をつき「家族なのになぁ」と呟いてコトラを見たが、コトラはやはりそっぽを向いたままだ。


 なんともむなしい気分になっていたとき「くく……」とこらえるような笑い声がドアの方から聞こえてきた。

 ぱっと声のした方を振り向くと、ノアがおかしそうに口元を抑えて笑っている。

 そのうしろには、気まずそうにしつつも口元がにやけている斎藤が立っていた。


 俺は顔が一気に熱くなるのを感じつつも、平静を装い「いつからそこに?」と訊ねる。

 斎藤が言い淀んでいると、ノアが「最初からだよ」と言いながら吹き出した。

 最初から、というと恨み言をいっているところから聞かれていたということか……。

 絶望的な気持ちになりながら「そうか……」と答えることしかできない。



「まったく、詩織ちゃんたちに置いていかれて、コトラには無視されて……おじさんって切ないもんだね」


「置いてって……そこからかよ」


「なんか気にしていない風を装ってるけど、耳まで真っ赤だから逆に恥ずかしいことになってるよ?」


「……うるさい」



 取り繕うことを諦めた俺に、ノアがまた声を出して笑う。

 斎藤は笑いを咳払いでごまかしていた。



「……それで?そろって何かご用でも?」



 そう話を切り替える。

 ノアはもうからかうことに満足したのか「斎藤くんが話があるんだって」と答えた。



「話?……あ、そういえば、斎藤さんユミュリエール教国に用事があるって言ってましたよね?俺たちに付き合ってたせいで、用事を済ませられなかったんじゃ……」



 さぁっと血の気が引いた。

 奈央のことばかり考えて、斎藤の事情を全く考慮していなかったことを反省する。


 斎藤は慌てる俺を見て、ふっと微笑んだ。



「いや、用事は済みました」


「……え……?」


「実はユミュリエール教国にしか自生していない薬草がありまして、それを採取したかったのです。森の中を移動しているときに見つけられたので、大丈夫ですよ」


「そ、そうですか……。よかった……」



 俺はほっと胸を撫でおろした。

 しかし、それではほかに何の用があるのだろう?


 立ち話もなんだからと室内に入ってもらい、向かい合って腰掛けた。

 ノアはコトラのもとへ行き、その背中を撫でている。

 俺が撫でようとしたらすぐ逃げるだろうに、と嫉妬にかられつつも、斎藤に視線を向けた。



「うちでも昔、猫を飼っていたんですよ」



 遠い日を懐かしむように、斎藤が言った。



「母が独身時代から飼っていた猫で、母や俺には懐いていたのに、父が近づくと逃げるんです。父は母と結婚した自分にやきもちを焼いているんだろうと、気にしていないようでしたが」


「……うちのコトラみたいですね」


「でも、昔家に帰ったとき、家の中からやけに鳴き声がしていることがあって。普段はそんなに大きな声で鳴かない猫だったから珍しく思って、家に入ったんです。そしたら父が倒れていて……猫はそのそばでずっと鳴いていました。まるで、誰かに助けを求めているかのように」


「……お父さんは?」


「幸い発見が早く、大事には至りませんでした。それからも猫の父に対する態度は変わりませんでしたがね」



 ふっと斎藤が笑った。

 そして俺とコトラを交互に見て続ける。



「普段はそっけないかもしれませんが、その子にとっても、伊月さんは大切な家族なのだと思いますよ」


「……そうだといいのですが」



 斎藤の言葉は慰めだったのかもしれないが、それでも俺にとってはなんだかうれしく思えた。

 眉を下げて笑う俺に、斎藤はさらりと告げた。



「伊月さん。私は元の世界へは戻りません。この世界で生きていくつもりです」

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