151 お約束
国境を越えるため、俺たちは身を潜めながら森の中を移動していた。
奈央の体力が心配だったが、転移者としての何らかの特典か、神の加護の影響かわからないが、奈央は意外と体力があり、回復も早かった。
そのため彼女のペースに合わせていても、案外スムーズに移動を進められた。
はじめのうちは息を切らして頻繁に休憩していた奈央だったが、時間がたつにつれ、涼しい顔で移動している。
元の世界では運動は苦手な方だったらしく、本人が一番驚いていた。
「自然の中って、気持ちがいいね」
奈央が背伸びをして言う。
最初は敬語を使っていた奈央だったが、慣れてきたのかずいぶん砕けた口調で話すようになった。
見た目のせいか、斎藤にだけは丁寧な敬語のままだが。
「伊月くんだけ、うちの人と会ったことがあるのよね?」
「ええ、被害者の会には妻は連れて行っていませんでしたから」
「妻……ね。伊月くんも詩織ちゃんもずいぶん若く見えるけど、本当に結婚してるの?」
不思議そうに奈央が首を傾げた。
確かに、日本人の感覚では、高校生くらいの見た目の俺たちが結婚しているというのは違和感があるだろう。
実は、と俺が説明しようとしたそのとき、満面の笑みで蓮とラウルが「待った!」と制止した。
そしていたずらっぽく笑いながら、奈央にクイズを出す。
「伊月と詩織には子どもがいるんだけど、何歳くらいの子だと思う?」
「ヒントは、予想よりずっと年上!」
奈央は困ったように「えぇ?」と声を上げつつも、しばらく考え込んで答える。
「うぅん、3歳くらい?詩織ちゃんの歳を考えると、それ以上は難しそうだし……。っていうか、それでも出産年齢としては早すぎるくらいよね。そもそも子どもがいることに驚きなんだけど」
「ぶぶー!」
「ハズレ!もっと上だよ」
「え、もっと?!」
驚愕の表情を俺に向けてくる奈央に申し訳なく思いつつ、俺は苦笑いをする。
妻も動揺する奈央の様子を見て、蓮やラウルたちと同じように楽しそうな笑みを浮かべていた。
「奈央ちゃん、詩織は子どもだけど子どもじゃないのよ」
なんてヒントにならないことまで言っている。
奈央はそんな詩織に疑いの眼差しを向けながら「……5歳?」と返した。
「残念、違います」
「ま、このふたりの見た目じゃわかんないよな」
「ね!わかんなくても仕方ないね」
三人はいかにも楽しそうにきゃっきゃと話している。
旅のはじめの頃の蓮とラウルは、女の子相手の会話に慣れていないとかで、妻とはろくに話もできなかったのに、ずいぶん仲良くなったもんだ。
そんな軽い嫉妬をしつつも、答えをなかなか教えてもらえない奈央がかわいそうになってきた。
「実は、俺たち異世界へ転移したときに少し若返っているんです」
「え、そうなの?!っていうか、そんなのありなの?……さすが異世界」
「いや、少しじゃないじゃん」
驚く奈央に、冷静なツッコミを入れる蓮。
俺は苦笑しつつも「確かに少しじゃないな」と蓮に同意する。
すると奈央は少し焦ったような顔になり、こっそりと「もしかして年上……じゃないですよね?」と俺に訊ねた。
「残念ながら……」
「えぇ……ご、ごめんなさい……てっきり年下だと思ってすごいタメ口で話しちゃって……」
「いやいや、お気になさらず。今まで通りの口調で大丈夫ですよ」
「そ、そう……?じゃあ、伊月くんももっと気楽に話して?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
奈央は、年齢を黙っていたことが申し訳なくなるほど恐縮している。
確かに、俺が逆の立場でも焦るだろう。
「で、結局何歳なの?」
奈央がそう問いかける。
俺は躊躇いつつも、そっと斎藤のほうを指さす。
「ん?斎藤さんがどうしたの?」
「……彼よりちょっと年上かな」
そう答えた俺に、奈央はしばらく口を開けて呆然としていた。
そして「ええええええ!」と驚愕の声を上げたのだった。