149 求婚の目的
「お、叔父上……?!」
ルーシェが困惑の声を漏らす。
ルーシェの叔父ということは、ルーシェの父か母の弟ということになる。
奈央に求婚していたのは確か、教皇の息子と弟。
つまり彼は、教皇の弟なのだろう。
しかし、教皇の弟であれば、奈央と結婚して教皇の座がほしいのではないだろうか?
それをこんなにあっさり帰還を促すとは、違和感が拭えない。
疑いの視線を向けられていることに気づいたのか、男は眉を下げて困ったような顔をした。
「私は確かに聖女様に求婚しておりましたが、何も教皇の座を求めていたわけではありません」
「……それじゃあ、どうして……」
問いかけたのは奈央だった。
奈央も、求婚者の目的は教皇の座だと認識していたようだ。
「今まで困らせるような真似をして、申し訳ありませんでした。こちらの都合であなたの今までの生活を奪ってしまったのだから、何としてでも幸せにせねばと見当違いなことを考えていたのです」
「……そうだったのですか……」
「ルーシェは野心の強い男で、あなたを幸せにできるとは思えませんでした。だったら私が、と力不足ながら考えていたのです。今まで神の遣いが元の世界へ戻ったという話は聞いたことがありませんでしたし、この国では、新たな神の遣いが顕現されることがわかれば、現存の神の遣いは神の御許へ帰されてしまう。……いや、殺されてしまう。私なら、そんな状況になってもあなたを秘密裏に守ることができると思っていたのです」
男の言葉に、嘘があるようには思えない。
真摯に奈央を見つめる瞳は誠実そのものだった。
「この機を逃したら、あなたは二度と元の世界へ戻れないかもしれない。そうすると、きっと生涯後悔が残るでしょう。あなたはあなたの幸せを生きるべきです。聖女様……いえ、奈央様。今まで本当にありがとうございました。あなたの献身に、国を代表して感謝申し上げます」
恭しく頭を下げる男は、肩の荷が下りたような晴れやかな表情をしていた。
そんな男に、ルーシュが「勝手なことはやめてください!」と声を上げる。
こんなことをして、ただではすまないぞと脅すルーシェに男は憐れむような視線を向けた。
「そんなことは覚悟している。それでも、私に味方する者も多いということを忘れるなよ?」
「なっ……!」
「兄上とお前の暴政に不満を抱く者も少なくない。この国では、聖女様の信仰は厚い。そんな聖女様の意思を真っ向から否定したお前と、快く受け入れた私、どちらが民衆の支持を集めるだろうか?」
ルーシュは何か言い返そうとしている様子だったが、言葉がでずに口をパクパクと動かすだけだった。
男が騎士たちに「奈央様に感謝を!」と命じると、騎士たちは一斉に奈央に膝をついた。
もはや奈央を引き留める騎士はいなかった。
どうやらこの男は、ルーシェよりも格段に騎士たちに慕われているらしい。
奈央は微笑み、騎士たちに頭を下げた。
その表情には、感謝の気持ちが満ちていた。
立ち上がった男は、斎藤に視線を向けて、困ったように微笑んだ。
「失礼ですが、そろそろそれを返していただいても?一応、私の甥でして」
そう言って、男はルーシェを指さした。
戸惑いつつも、斎藤はルーシェを開放する。
ルーシェは下半身のかけられていた斎藤の上着を腰に巻き付け、ゆっくりと騎士の後ろに隠れた。
ルーシェの姿を見て、呆れたように男がため息をついた。
そして斎藤に「ありがとうございます」と礼をして、奈央に向き直る。
「それでは名残惜しくはございますが、彼らとともにどうぞ外へ。兄上に見つかって、面倒なことになってはいけませんし」
そう言いながら、男は左の方を指さす。
「あの庭園を抜けた先に、小さな小屋があるのをご存じでしょうか?小屋の中には一枚の絵が飾られているのですが、その裏に地下へ続く隠し通路があります。地下道をそのまま進んでいくと、街から少し離れた民家に出られます」
「あ、ありがとうございます」
「どうぞお元気で」
手を振る男に頭を下げて、俺たちは駆け出した。
ラウルが俺の近くにきて、小声で「もしも罠だったらどうする?」と問いかける。
正直疑いたくはないが、可能性がゼロだとは言い切れない。
しかし、心配はいらないだろう。
奈央と合流した後なら、魔法を使って騒ぎになったとしても何とかなるはずだ。
「罠だったら、そのときはそのときだ。今は信じてみよう」
そう俺が答えると、ラウルは少し不安そうにしつつも「わかった」と頷いた。