144 衝突
「つまり、僕やあいつであっても、槍で貫かれたら確実に命を落とすということだよ」
忌々しそうにノアが言った。
青年は優美に微笑み「そういうこと」だと頷いた。
「いいかい?あの槍の攻撃は、僕が与えた防具でも防ぐことはできない。絶対に触れたらだめだよ」
ちらりと俺たちに視線を向け、ノアが言った。
そして再び指をパチンと鳴らす。
するとノアの斜め後ろあたりの空間にひずみが生じた。
先程青年が槍を取り出したときのひずみとは、比べ物にならないほどの大きさだ。
そしてそのひずみの中から、武装した集団が次々と姿を現した。
細かな装飾が施された銀色の甲冑には、ところどころ金色のラインが入っている。
「……子ども……?」
独り言のように、斎藤がつぶやいた。
甲冑で顔こそ見えないが、明らかに身長が低く、ノアと同じくらいのサイズ感だ。
はた目から見ると、小学校中学年くらいの仮装した子どもたちの集団に見える。
「この子たちは、僕の部下だよ。4人は伊月くんたちの警備につけ。残りでやつを拘束。槍の回収が最優先だ」
ノアの命令に、子どもたちは一斉に動き出す。
俺たちの閉じ込められている壁を四方から守るように、4人の子どもが配置につく。
それぞれ長剣を手にしている姿は、騎士のように見えた。
青年もノアをまねるように、パチンと指を鳴らす。
すると青年の陰の部分から、黒い触手のようなものがうぞうぞとはい出てきた。
触手はやがてオオカミのような姿に変化した。
青年を守るように、十数匹の獣たちがノアの軍勢を睨みつけている。
「行け」
青年が短く合図すると、オオカミは一斉にノアに向かってとびかかってきた。
ノアを守るように、子どもたちがオオカミと交戦する。
意外にも、オオカミはさほど強くはないようだった。
子どもたちに切り捨てられては、黒い塵となって消える。
しかし塵は再び青年の元に戻り、新たなオオカミとなって現れるのだった。
これではイタチごっこだ。
消耗戦を狙っているのか、青年には焦った様子もない。
ただ、子どもたちにも疲れの色は一切見えない。
「らちが明かないな」
ノアはそう言って、指をパチンと鳴らした。
すると光の檻が出現して、オオカミを捕らえていく。
オオカミは檻に捕まるまいと逃げ回っているが、次々拘束されていった。
青年は「おやおや」といいつつも、面白がっている様子だ。
そして最後のオオカミが捕まりそうになった瞬間、青年は槍を手にノアに向かってものすごいスピードで突進してきた。
とっさに子どもの一人が間に入り、剣で槍を受け止める。
金属のぶつかり合う甲高い音が響き渡ったかと思うと、俺たちの近くまで剣が飛ばされてきて、地面に突き刺さった。
どうやら、衝突した衝撃で剣が弾き飛ばされたらしい。
青年は武器を失った子どもに向けて、さらに槍を振り回す。
子どもは必死に攻撃をよけたが、右腕を軽く穂先がかすめた。
その瞬間。
その子どもの肘から先が光の粒になって弾け飛んだ。
「下がれ!」
ノアが叫び、腕を失った子どもは俺たちの近くへ退避した。
俺たちを守っていた子どもの一人が腕を確認し、小さく首を横に振る。
『これは無理ね』
『……だろうな』
無理、というのは回復ができないということだろうか。
落ち着いた様子で話す子どもの声を聞きながら、俺は無力感に苛まれる。
彼らは見た目通りの子どもではないはずだ。
おそらくノアのような、神にも似た存在。
俺たちがどうあがいても太刀打ちできないような存在なのだろう。
それでも、こうしてただ守られていることしかできない自分が情けなかった。
腕を失った子どもが、俺の視線に気づいたのかこちらを振り向く。
そして兜の一部分を持ち上げ、少しだけ顔を出して笑って見せた。
金色の瞳が眩しい、太陽のような少年だった。
『不安になったかな?大丈夫、君たちには傷一つつけさせやしないよ』
こんな状況でも、こちらを慮ってくれるのか。
俺はぐっと拳を握り締め、首を横に振る。
「……あなたの腕が……」
かろうじて絞り出すようにそういうと、少年は意外そうに目を丸くした。
そしてふっと微笑んだ。
『心配してくれたのか。ありがとう。でも腕なら回復できなくても、あとで自分に合ったものを作ればいい。命があれば十分さ』
「でも……」
『あの方の言う通り、優しい子たちだな』
あの方、とはノアのことだろうか。
次の問いを口にする前に、ひときわ大きな音が響き、俺は音のした方に視線を向けた。
そこには、柄の折れた槍を握り締めたまま、地面に押さえつけられている青年がいた。
槍や剣を構えた子どもたちが青年の周りを取り囲み、完全に拘束している状態だ。
「ここまでだね」
冷たく青年を見下ろして、ノアが言う。
俺はほっとしつつも、何だか嫌な予感を感じていた。
「残念ながら、そのようだな」
青年はにやりと笑って答えた。
そしてそのまま「もう少し遊びたかったな」と呟き、握っていた槍の穂先を自身の頭に突き刺した。
止める間もない、一瞬の出来事だった。