143 危機
「過度な干渉……ね。俺は別に、度は過ぎてないと思うけど?」
肩をすくめながら、青年が言う。
ノアは悪びれる様子もない青年の態度に、ピクリと眉を動かした。
「は?」
「ちょっと現世で遊んでるだけじゃん?ただ見てるだってのは、案外つまらないものなんだよ。俺だってたまには楽しみたいし。それにさ、俺の世界を俺がどうしようと、そんなの俺の勝手だろ?」
「……その子、壊れちゃうよ?」
ノアが青年を指さして言った。
しかし青年は、露ほどにも気にしていない様子で髪を指でいじっている。
「ま、そのときはそのときだろ。それにさ、こいつも俺の器になれるんなら本望なんじゃね?」
どうやらこの青年の中に、神が入り込んでいるらしい。
つまり青年と神は別の存在だということだ。
神が無理に体を支配することで、青年に何らかの悪影響が生じるのだろう。
果たして「壊れる」のは肉体か、精神か、それともそのどちらもか。
崇拝する神から粗末な扱いを受ける青年が不憫でならない。
「それに、何もずっと入ってるわけじゃない。俺、面倒ごとは嫌いだし、楽しいこと以外はやりたくないわけ。書類仕事なんかの面倒なことは、全部こいつ本人にやらせてる。だから、壊れるにしても数年は先になるんじゃない?」
「時間の問題じゃないでしょ」
ぴしゃりとノアが言いきったが、やはり青年は涼しい顔のままだ。
「単刀直入に言う。いますぐその子を解放して、異世界からの誘拐行為もやめて。君はもちろん、この世界の人たちにもやめさせて」
「……嫌だといったら?」
「強硬手段に出るしかない。後悔することになると思うよ?」
「後悔……ね。どうかな?後悔するのは、あんたのほうなんじゃない?」
「それはどういう……」
ノアの言葉を遮って、楽しそうに笑いながら青年は言った。
「だって、あんたは俺が今から殺すから」
そう言った青年が手を空に向かって掲げる。
すると何もなかった空間にひずみが生じ、その中から光り輝く槍が現れた。
なんだ、あれは。
煌めく槍は神々しく、底知れぬ力を感じる。
戸惑いからノアに視線を向けると、ノアは目を見開いて槍を凝視していた。
「……どうやって持ち出したの?」
低い声で、ノアが青年に問いかける。
青年は不敵な笑みを浮かべ「どうやってかな?」と挑発的な返答をした。
「これでも、俺には頼りになる協力者がいるんだよ」
「協力者?」
「そ。俺と同じく、あんたらを疎ましく思っている連中が意外と多くいるってこと、知ってたか?」
青年は手にした槍の切っ先をノアに向ける。
ノアは一歩前に出て、俺たちを庇うように片手を広げた。
そしてノアが指をパチンと鳴らすと、俺たちを包み込むように薄い緑の透き通る壁が出現する。
不思議な壁は、四方と上空を取り囲むように設置され、俺たちは完全に壁の中に閉じ込められてしまった。
「ノアッ!!」
俺はとっさに声を上げる。
しかしノアは俺たちを壁の中から出す気はないようだ。
少し焦りの混じった声で「絶対にそこを出ないで」と短く言い放つ。
そんなノアの様子に、青年は至極満足そうな笑みを浮かべた。
そして気分がよさそうに、俺たちに向かって語り出す。
「薄汚い異世界人ども。命が惜しいなら、大人しくその中に閉じこもっておくといい。この槍は神具の中でも特別製でね、そんじょそこらの神の手では到底作り出せない代物なんだ。ほら、見てごらん。この美しい槍の穂先を」
ギラリと眩しく輝く穂先は、青年の言う通り残酷なほど美しい。
俺は額に流れる汗をぬぐうこともできずに、青年とその手にある槍を見つめていた。
「この槍に貫かれると、どんなものでも確実に死に至る。君たち人間だけじゃない。魔物も、神も、神にひとしき存在も、みな平等にね」
そういう青年は、恍惚とした表情をしていた。