140 漏洩
ユミュリエール教国の聖女、大和奈央は話に聞いていた通りの美人だった。
疲れているのか、少し憂いを帯びた表情をしている。
「それでは、手筈通りに」
斎藤が言い、俺たちは頷いた。
作戦は単純だ。
物陰に身を潜めた状態で、可能な限り奈央に接近する。
そしてそれぞれが配置についたら、俺の合図で一斉に神聖騎士団を制圧し、奈央と対話を試みるのだ。
突然の襲撃に怯えさせてしまうのは忍びないが、致し方がない。
あとで事情を説明すれば理解してもらえると信じよう。
俺たちはじりじりと間合いを詰めていった。
音を立てないように細心の注意を払いつつ、予定通り彼らを取り囲める位置取りができた。
全員の位置を確認してから、俺はさっと片手をあげて合図を出す。
そして一気に飛び出した。
そこまではよかった。
予想外だったのは、神聖騎士団の反応だった。
彼らは突然現れた俺たちに驚くことなく、すぐに武器をとって身構えた。
聖女を中心に円形に陣を組み、こちらに向かって剣を向ける。
俺たちが戸惑っていると、どこからか矢が飛んできて、俺の足元近くの地面に突き刺さった。
どうやら囲まれているのは、俺たちの方だったらしい。
「……なんで……」
ぼそりと声が漏れる。
答えはわかっている。
相手に情報が漏れていたのだ。
俺たちがここで彼らを襲撃することを知っているのは、俺たちのほかにひとりしかいない。
気のいい笑みを浮かべていた情報屋を思い出し、俺は拳を握り締める。
ふと斎藤に視線を向けると、驚愕の表情を浮かべて呆然としていた。
情報屋に裏切られるとは、露ほどにも思っていなかったはずだ。
多勢に無勢。
状況は明らかに悪いが、みんなで力を合わせれば、まだ勝機はあるだろう。
裏切りに対する怒りや悲しみはいったん忘れて、状況を打開する術を考えなければならない。
しかし、そんな俺の考えは甘かった。
どの魔法を使えば効果的か思考を巡らせているうちに、奈央が突然胸元にぶら下げていた笛を吹いたのだ。
何事かと奈央を見ると、光り輝く檻のようなものが奈央を包み込む。
「あれは……ちょっと厄介だね」
ノアが苦々しそうに言う。
「あれはなんだ?」
俺の問いに、ノアは「神具だよ」と答えた。
「神によって作られた聖なる道具を、神具というんだ。人間にはまず、あれは壊せない。僕なら時間をかければ壊せるだろうけど、なかにいる奈央ちゃんの無事は保証できないな」
「そんな……」
「参ったね。このまま檻ごと奈央ちゃんをさらって、出てくるまで待つかい?」
ただ、それでは万が一奈央がでてこないことを選択したら困るだろう。
敵の手に落ちるくらいなら、このまま……などと考えられてはたまらない。
俺はしばらく考え込み、絞り出すように言った。
「……投降しよう。大人しく捕らえられているふりをして、また別の機会を窺うのがいいと思う」
「もしも拘束されずに殺されそうになったら?」
「そのときは全力で逃げる」
ノアはやれやれという顔をしつつも、了承してくれた。
妻も不安そうだが、頷いてくれた。
ただ、蓮とラウルは青い顔をして震えている。
ロナリア帝国で殺されそうになったとき、彼らは牢獄のような場所に押し込められていた。
当時の記憶が、トラウマとなって甦っているのだろう。
「斎藤さん。蓮とラウルを連れて、逃げてもらえますか?」
俺は小声で、斎藤にいう。
「奈央さんとの会話を目的にしていたのは、俺たちです。あなたたちまで拘束されるいわれはありません」
「いや、それは……」
「斎藤さんも、別の用事があるんですよね?」
俺の言葉に、斎藤は「大した用事ではないのです」と首を横に振った。
しかし蓮とラウルの怯える顔を見て、戸惑っているように見える。
あと一声というところだろうか。
しかしそんな俺の予想を打ち砕いたのは、予想外の人物だった。