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138 密入国

 ユミュリエール教国に密入国するためには、オートラック王国とユミュリエール教国、両国の国境警備の網をかいくぐる必要がある。

 密入国というと夜に行うものかと思っていたが、情報屋から仕入れた巡回ルートを見ると、夜はガードが堅いようだ。



「闇夜に紛れて、敵国の諜報部隊なんかが侵入すると困るだろうからね。……ま、互いに相当数のスパイを潜り込ませているみたいだけど」



 呆れたようにノアが言った。



「人間の欲には際限がないというのは、本当だよね。両国ともこれだけ立派な国土を有しているというのに、まだ国を大きくしたいんでしょ?」


「まあな。満足してくれたら、争いを避けられるのに」


「ま、仕方ないね」



 明るい日差しのもと、国境を目指して俺たちは歩いている。

 白昼堂々、密入国とは大胆なものだ。

 両国とも、そんな無謀なことをする奴は少ないと踏んでいるのか、昼間のほうが巡回が手薄だった。


 それでも、定期的な巡回は両国とも行っている。

 どちらの警備もかいくぐれそうな時間は、たったの10分足らずだ。



 俺たちは、国境近くの岩場にたどり着き、身を潜めた。

 警備が途切れるまで、ここで待機することになる。

 地図を広げ、斎藤が改めてこれからの行動を確認する。



「時間になったら、私と伊月さんで偵察に向かいます。人影がないことを確認出来たら合図をするので、みんなで一斉にあちらの森の中まで走ります。この間、絶対に魔法は使用しないこと。万が一兵士に見つかったら、物理攻撃で制圧してください」



 俺たちは頷き、そのまま息をひそめ続ける。

 黙って待っているだけだと、時間がたつのがずいぶんと長く感じる。

 次々と巡回に訪れる兵士たちを眺めながら、ため息をついた。


 俺の手を、妻がそっと握る。

 少し驚いて妻を見ると、彼女はにっこり笑ってみせた。

 その顔を見ていると、少し心が軽くなった気がした。


 どうやら俺は、自分で思っている以上に緊張していたらしい。

 ありがとう、と小声でつぶやくと、妻は嬉しそうに頷いた。



 そして予定の時刻。

 最後の兵士の姿が見えなくなったことを確認した後、俺と斎藤は素早く国境へ移動し、周囲を見渡した。


 やはり兵士の姿も気配もない。

 片手をあげて合図を送ると、みんなが一斉に駆け出してきた。

 俺と斎藤は先行しつつ、周囲を警戒する。


 そのときだった。


「……まずい……」



 小さく斎藤が呟いた。

 どうしたのかと問いかけると、遠方にこちらへ向かう人影が見えたという。

 おそらくオートラック王国の兵士だ。


 人数は一人。

 巡回は2人1組で行うため、別件な用があるのだろう。

 残念ながら、国境沿いの道は見晴らしがよく、視界を遮るものが少ない。

 ユミュリエール教国の森に身を隠す前に、俺たちの姿を見られてしまうだろう。



 魔法が使えれば、いくらでも誤魔化しがきくのに。


 そう思いつつ、斎藤とそろって人影に向かって駆け出した。

 助けを求められてはいけない。

 素早く制圧しなくては。



 猛烈な勢いで向かってくる俺たちに気づいた兵士は、戸惑いつつも持っていた剣を抜く。

 しかしその動きは遅く、瞬く間に俺たちは兵士を地面に押さえつけ、剣を取り上げた。


 兵士は低くうめき声をあげた。

 口を塞がなくては、と思ったが、斎藤が兵士の胸元を強く地面に押し付けているため、大声が出せないようだ。

 苦しそうにもがく兵士に、申し訳ない気分になる。



「悪いな」



 ぽつりと斎藤がつぶやいた。

 その声に、兵士が目を見開いた。


 そして押さえつけられたまま、視線だけを斎藤に向ける。



「……ゆ……しゃ……どの」



 蚊の鳴くような声で、兵士が言った。

 斎藤は驚いた顔をしたが、力を緩めることはしなかった。


 そしてやがて、兵士は気を失ってしまった。


 俺たちは兵士の意識がないことを確認してから、国境をまたいでユミュリエール教国に侵入した。

 そして当初の予定通り、森の中に潜伏する。


 森の中から先ほどの兵士の様子を観察していると、まもなく訪れた巡回の兵士に起こされた。

 このまま騒ぎになるかと内心焦っていたが、意外なことに兵士が騒ぎ立てることはなかった。

 一言二言巡回の兵士と会話をしていたようだが、彼らの落ち着いた様子からして、俺たちのことは話してはいないらしい。

 やがて巡回の兵士は再び歩き始め、姿が見えなくなった。


 どういうことだ?

 そう思いつつ兵士を眺めていると、どうやら森の中から様子をうかがっている俺たちに気づいたらしい。

 兵士の視線がこちらへ向いた。



 兵士はそのまま、俺たちに向かって頭を下げた。

 そしてそのまま、踵を返した。



 ひとまず安堵し斎藤を見ると、彼は複雑そうな表情で兵士のことを見ていた。

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