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15 神との遭遇

 その日の夜、夢を見た。



 夢の中だと気づいたのは、周囲が真っ白な空間にいたからだ。

 直観的に夢の中だと自覚したものの、何もない空間で何をすればいいのかわからず、ぼんやりしていると小さな笑い声が聞こえた。


 声のしたほうを振り向くと、少年が立っていた。

 先日はいたって普通の格好をしていたが、今日は黒いスーツを着ている。

 白い空間の中に、少年の姿が嫌に際立つ。


「こんばんは。」


 少年の挨拶に、軽く頷いて返す。

 この少年の存在は、果たして夢のものなのだろうか。

 それとも、俺の夢の中に少年が侵入してきたのか。


 窺うような視線を向ける俺に、肯定とも否定ともとれる笑みを向けたまま、少年は「今日は大変だったね。」という。


「伊月くんも詩織ちゃんも、無事でよかったよ。」


「……知っているんだな。」


「助けに行けなくてごめんね。そういう決まりなんだ。」


 申し訳なさそうな顔をして、少年は言った。

 仮にこの少年が夢ではなく本物だったとしたら、その「決まり」とは誰が定めたものなのだろう?


「少し早いけど、君を案内することになった。伊月くん、僕についてきてくれるかな?」


「案内?どこへ……?」


「君が柚乃ちゃんを探す手助けをしてくれる人のところさ。」


 促されるまま、少年のあとを追って歩き出す。

 何もない、方向感覚がまったく役に立たない真っ白な空間の中で、少年は迷いなく歩き続ける。


 数分歩いたころだろうか。

 少年の向かう先に、ひとりの男がいた。


 長く白い髪を輝かせた男の顔は、どうしてだか輪郭がぼんやりして、正確に把握できない。

 純白の衣装に身を包んだ荘厳な姿は、俺のイメージする「神」そのものだった。



「はじめまして。私は君のことをよく知っているけどね、伊月くん。」



 穏やかな声で、男は言った。


「あなたは……。」


「君の想像通りの存在だよ。この世界を司る者。」


「……!」


 身構える俺の肩に、少年がそっと手を添える。

 大丈夫だと、幼子を諭すように。


「君の娘のことは、申し訳ないと思っているよ。この世界を統べる存在として、他の世界からの干渉を許すつもりはなかったのだが、相手も神だからね。こちらの隙を上手いことついてくるんだ。」


「……俺は、娘を取り戻したいと思っています。そのためなら、なんだってするつもりです。」


「そうだね。だから私は、君を選んだ。」



 神ははっきりと告げ、続けていった。



「君に頼みたいことがある。そうすれば、君を娘のいる世界へ連れて行ってあげよう。」



 一も二もなく、了承の返事をする。

 すると後ろで話を聞いていた少年が、「そんなに安請け合いをしていいの?」と尋ねた。


「内容も聞かずに話を請けると、後悔することになるかもしれないよ?最悪、命を落とす可能性だってあるかもしれない。」


「……それでも、この機会を逃せば、娘を取り戻す機会は一生巡ってこないかもしれない。我が身を優先して、娘を手放すなんて耐えられない!」



 少年はため息をつき、


「…だってさ。それじゃあ、頼みの内容を聞かせてあげたら?」


と神に対して気安く話す。

 どうやら彼は、神の使いではなく神と同格の何者かなのだろう。



「伊月くんにはこれから、異世界に飛んでもらう。しかしそこは、君の娘のいる世界ではない。」


「なっ…。」


「本当はすぐに娘のところへ行かせてやりたいが、そうすると向こうの神に気取られる可能性がある。君の存在を感知すると、やつは排除に動くだろう。この世界で、君とその妻の命を奪おうとしたように。」


 俺たちの命を狙ったのは、娘をさらった者だったのか…。

 そう考えると、俺たちを殺そうとしたのにも合点がいく。

 しかし、神という絶大な存在に対し、大して秀でたところのない凡人の俺たち夫婦が脅威になるとは思えないが。


「よくさ、海外のサーバーを経由した詐欺事件なんかがあるじゃない?あれといっしょだよ。違う世界を経由することで、君の痕跡をたどられにくくなる。」


 少年の説明に、なるほどと納得する。

 神の世界のことはよくわからないが、何となく理解できる話だ。


「君の仕事は、これから君が経由する世界にいる転移者の意向を探ること。元の世界に戻りたいのか、あるいは転移先の世界に残りたいのか。本人に直接聞いてもいいし、難しければ違う方法でも構わない。」


「わかりました。しかし、その世界でどうやって転移者を探せばいいのか…。」


「大事な仕事を任せるんだ。君には、いくつか力を授けよう。詳細は、異世界に渡ってからそこの少年に聞くといい。彼も、君の異世界での冒険に同行してくれる。」


 予想外の言葉に驚いて少年を見ると「よろしく。」と笑って手を振った。

 不安は大きいが、サポートしてくれるというなら心強い存在なのだろう。



「また異世界へ渡るのは、君だけではない。本人の意向で、まだ同行者の名前は明かせないが、力を合わせて頑張ってくれたまえ。」



 同行者か。

 頼りになる人間だといいが、そうでなくても、少なくとも信頼できる相手であることを願うばかりだ。


「異世界への渡航は明日の夜。異世界での時の進みはこの世とは異なるが、長い旅になるだろう。相応の準備を済ませておくように。……この話を他者にしてもかまわないが、相手は選んでくれ。」


 神が話し終えるとともに、周囲がやわらかい光に包まれた。

 次第に遠くなる意識の中、俺は拳を固く握りしめていた。

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