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135 焦燥感

 列車のベッドは狭く硬かったが、少し寝てだいぶ頭がすっきりした。

 ベッドから出て、大きく伸びをする。

 上の段で横になっている妻は、まだぐっすり眠っているらしい。



「おはよう、伊月くん」



 コトラと遊んでいたらしいノアが言う。

 どこから持ってきたのか、猫じゃらしのようなおもちゃを巧みに動かしている様は何とも見事だ。


 おはよう、と返して窓の外を見る。

 車窓には、広大な草原が広がっていた。



「のどかだな」


「そうだね、この辺はとくに」


「あ、あれなんだ?羊?」


「ふふ、この辺りは牧羊が盛んらしいからね」



 見知らぬ国の風景を眺めるのは楽しい。

 何年か前に家族で旅行に行ったときも、俺は電車からの景色をこうして眺めていた気がする。

 年甲斐もなくはしゃぐ俺に妻は笑い、娘の柚乃は呆れたような顔をしていたっけ。



「……なあ、ノア」


「なんだい?」


「なんかさ、モニターみたいなもので柚乃の様子だけでも見ることってできないのか?」



 俺の問いかけに、ノアは申し訳なさそうな悲しそうな顔をして「ごめんね」と答えた。

 正確にはできないわけではないそうだが、見るだけとはいえ世界を繋げてしまうと、あちらの神に気づかれる可能性があるらしい。



「接触に勘づかれると、ますます侵入が難しくなる。あの世界の神は、警戒心が強くてね」


「……わかった。無理を言ってすまない……」


「ううん。ごめんね」



 だめでもともと、とは思っていたが、実際に断られるとやはりショックが大きい。

 仕方がないことだと頭では理解できていても、こうしてふとした瞬間に、焦燥感に支配されてしまう。


 俺は気分を落ち着かせるため、列車内を散策してみることにした。

 少しだけ一人になりたかった。



「詩織ちゃんは僕が見てるから、行っておいで」



 ノアはそう言って、快く俺を送り出してくれた。


 列車には、個室のほかに、普通の座席も設置されていた。

 列車は主要な街に停車するため、短時間の乗車の場合は個室をとらずに座席を利用する客が多いらしい。

 家族連れから商人風の男、学生の集団など、見まわしてみるといろんな客が乗っている。


 しばらく歩いていくと、食堂車にたどり着いた。

 食事はもちろん、軽食やお菓子、飲み物、アルコールまで販売されている。

 あとでみんなできてもいいかもしれない、と思いつつ、俺は踵を返した。

 食堂車の先には、平民が入れない貴族専用車両しかない。



「あれ?伊月?」



 食堂車をでるところで、聞きなれた声が俺を引き留めた。

 両手にコップを持っているのは、蓮だった。



「飲み物買いにきたのか?」


「うん、師匠がお小遣いくれたから」


「ラウルは?」


「なんか列車に酔ったとか言って、部屋で寝てる。ジュース飲んだら、ちょっとは元気になるかなって思って」



 心配そうに蓮が言う。

 俺は「きっとよくなるさ」と返した。


 一つ持とうか、と提案したが、大丈夫だと断られた。

 自分の手で届けてあげたいのだろうと、微笑ましく思う。



「伊月ってさ、娘を探して旅をしてるんだよな?」



 唐突に蓮が訊ねる。



「そうだね」


「その娘ってさ、柚乃っていうんだろ?」


「あ、ああ」


「俺、その子知ってるかも」



 確かに蓮と柚乃は同年代だ。

 加えて、住んでいる場所も近い。

 ふたりに接点があっても、おかしくはないだろう。



「友だちだったってこと?」



 恐る恐る訊ねる。

 万が一彼氏がどうとかいう話になろうものなら、不意打ち過ぎて泣いてしまうかもしれない。

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